56 恩を仇で返す
「Père, puis-je vous parler plus tard ?」
(父上、あとでお話よろしいでしょうか)
技術交流会が終わったその日の夕食の最後に、マキシミリアンがアルフォンスに切り出した。
「Nous ne pouvons pas en parler ici, donc.」
(ここでは話せないんだな)
アルフォンスはわずかにエレオノールを見る。
「Oui.」
「Alors, viens dans mon bureau.」
(ならば、私の部屋に来なさい)
「Antoine, toi aussi.」
(アントワーヌ、お前も来い)
意外な呼び出しに、一瞬の沈黙があったが、アントワーヌも承知した。それに続き、エレオノールは舞花に話しかけた。
「舞花、じゃあ私たちも少しおしゃべりしましょうか。」
「ぜひ。私もお願いしたいことがあったんです。」
「何かしら。楽しみだわ。」
こうして、一同は二手に分かれ、男性陣はアルフォンスの執務室に、女性陣は小応接間に集まることになった。
薄暗いアルフォンスの執務室には、マキシミリアンの部屋よりも多くの書物やオブジェが置かれていた。侯爵として積み上げてきた年月が、そのまま部屋の厚みに現れているようだった。執務机の前にアルフォンスが座り、その前にマキシミリアンとアントワーヌが腰かける。
「J'écoute.(話を聞こう)」
マキシミリアンは話を切り出した。
「舞花のことです。第三王子が舞花を取り入れようと、執拗にコンタクトを取ろうとしています。献上品リストの時も彼女が何も知らないのをいいことに、上手いこと誘導し、言質を取ろうとしていました。そして今回の技術交流会です。舞花のアイディアで切り抜けましたが、今後も続くと思われます。」
「そうか。舞花がフィリップ王子の政争の道具になってしまっているのか。」
両手を組み、目をつぶって聞いていたアルフォンスが口を開いた。しかし、それを遮るようにアントワーヌが口を挟んだ。
「それは危険です。」
「分かっている。」
「分かっていません。」
珍しくアントワーヌは感情的になっていた。
「あなたはこれが第三王子のせいだと考えている。」
「現にそうだろう。」
それに合わせて、マキシミリアンの機嫌も悪くなっていく。彼の中指が膝を何度も叩く。
「違います。第三王子は召喚人制度の内在的帰結、つまり代替可能な匿名的存在にすぎません。」
「分かるように話せ。」
「...... 兄上、歴史は繰り返されます。あなたは歴史を知るべきだ。」
「アントワーヌ、それは ......。」
アルフォンスはアントワーヌを制するように口を開いた。
「父上、止めないでください。兄上は知るべきです。」
アルフォンスの反応にのっぴきならない事情を察したマキシミリアンが少し冷静さを取り戻した。
「話してみろ。」
大きく深呼吸をして気持ちを収めると、アントワーヌはいつもの調子で淡々と話し出した。
「兄上は、不思議に思いませんでしたか。なぜ我々はフランスの農学にも工学にも文学にも通じているのか。」
「それは召喚人が教授してくれたからではないか。」
アントワーヌが軽くため息をついた。
「その召喚人はこの国に一名しか存在できません。しかも、誰がこちらに来るかは偶然の産物です。知識に偏りもあれば、知識のないものが来る可能性も十分あります。」
「それは舞花の例から分かっている。」
「ならば......いったい何人必要だったのでしょうか。我々がここまでの知識を得るために。」
カッカッカッ。
時計の針の音が不気味なほど執務室に響く。
「...... まさか。」
マキシミリアンがごくりと息をのんだ。
「ええ。我々は恩恵を仇で返してきたのです。」
ちょうど九時になり、時計の鐘が続けて鳴り響いた。その間、誰も口を開こうとはしない。九度目の鐘が鳴り終わると、時計は再び規則正しい音を立てて、秒を刻み始めた。
「そこまでか。」
「それが大きくかわったのがここ百年です。人権思想が浸透し、彼らの人権も我々と同様に尊重され、強制的に連れてきたのだから保護すべきだと。先代の召喚人ジャン=クロード・ションベリー様はヴァルドールで天寿を全うした初めての召喚人です。」
「...… そうだったのか。」
マキシミリアンは、まだ記憶に新しい彼の葬儀のことを思い出した。自分は直接関わったことはないが、アルフォンスの友人な上に、アントワーヌは彼の最後の回顧録の書き取りをしていたため、彼のことはよく知っていた。話し好きで、分け隔てなく多くの友人を作った人だった。よって葬儀も、異世界から来た人間であるにも関わらず、王から彼の隣人まで幅広い人が彼を惜しむために集まった。その光景は、召喚制度の成功を物語っていた。
しかし、彼の死が歴史的に意味することまでは考えが至っていなかった。
「その彼が言っていました。『私たちもまた人間なのだ』と。舞花は強制的に召喚されています。連れてきた我々は彼女を守るべきです。」
マキシミリアンは黙っている。すでに彼の表情から感情は消えていた。そのマキシミリアンに、アントワーヌが追い打ちをかけた。
「それに、舞花はすでに我々に多くをもたらしています。今度は我々が応える番です。」
同じころ、小応接間では舞花がエレオノールと食後のお茶を楽しんでいた。庭で採れたものをブレンドして作られたというハーブティーは、砂糖も蜂蜜も入っていないのに、どこか甘い香りがした。
「舞花、フィリップ王子と会ったのでしょう。貴女からみて、どんな人に見えましたか。」
工房で話した時のことだろう。エレオノールやアルフォンスがマキシミリアンと同じ意見とは限らない。それに、自分の語彙力的にも含ませたような言い方は無理だ。だから、舞花はひとまず思ったままにエレオノールに告げることにした。
「まあ、優秀な人なんだろうな、と思いました。あとは結構、情熱的ですよね。自分の欲望をかなえるためならば、しっかり努力をする。」
「あら、印象は悪くないのね。それならばよかった。」
だからといって、私がフィリップと仲良くしてほしいということでもないだろう。アントワーヌ抜きで意味深長なエレオノールの発言を読み取ることは無理なので、ひとまず話を逸らしてみる。
「マキシミリアンとは仲が悪いみたいですね。」
「そうなのよ。でも、それは舞花には関係ないことよ。貴女は自分が感じたことを大切にすればよいわ。」
「そうですね。まだあまり怖いとは感じていません。」
私の発言を受け、なぜかエレオノールはにっこりと笑った。
「そういえば、お願いって何かしら?」
「そうでした。実は――。」
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