55 ひしゃげた桜
工房の前に、王族の馬車に加え何台かの豪華な馬車が止まった。そこから人が下りてくる。主なメンバーは10名弱。フィリップ以外は、ヴァルドールの名の知れた商人たちである。王子を立てるために、豪奢な格好は控えているが、眼の光だけは鋭さを極めている。それを工房の従業員を率いて、マノンが出迎えた。
「Votre Altesse, Mesdames, Messieurs, soyez les bienvenus à la Maison Cerisiers.」
(殿下、ご列席の皆さま、メゾン・スリジエへようこそ)
一斉にお辞儀をし、マノンは下を向いたまま歓迎口上を述べた。
「本日、私たちの工房に皆さまをお迎えでき、大変光栄です。職人たちの仕事をご覧いただけることを嬉しく思います。 本日の見学が、実りある交流と新たな発見の機会となることを願っております。 」
このマノンの言葉を聞きながら、王子の後ろに控えていた商人たちが囁きあっている。
「デュラン家のお嬢さんが随分自信満々じゃないか。」
「それがいつまで続くか見ものですね 。」
「何をしようと結果は決まってい る。フィリップ殿下にもお願いしてある。」
「その時の顔が見ものだな。」
マノンまでその内容は聞こえていないが、彼らが言っていることなんて大概想像がつく。まだ大人しくしていなければいけない。言い返したい気持ちを抑えて、マノンは顔を上げた。するとフィリップが一歩踏み出して手を差し出して、握手を交わした。
「私の提案を受け入れてくれて感謝する、マノン・デュラン。この工房の見学を楽しみにしている。では、案内は君に任せよう。」
従業員たちはそれぞれの持ち場に戻り、マノンとクララだけが残って、工房の案内を担当することになった。まず、手前の部屋は、ヴァルドール風に浴衣をアレンジしたYukataの制作部屋だ。浴衣からどのようにこれらの装いが出来たのか、門外漢でも分かるように説明していく。
フィリップは熱心に聞いているが、商人たちの反応は薄い。それもそのはず。これらは少し形の変わった洋装にすぎない。我々が必死で隠そうとしているであろう「つまみ細工」の技術の片鱗を見つけようと、工房を隅から隅まで目を光らせている。
「献上品のリストにも入った、つまみ細工はどこで作っているんだね。」
マノンの説明が一区切りついたところで、フィリップが言いだした。ねらった様子もなく、ごく自然な流れで切り出してくる。マノンはマキシミリアンが彼を「狐」と言っていることを思い出した。もしもこれが急な査察だったら、ここで慌てて大失敗をすることがやすやすと想像できた。
「......それはこの奥の部屋となります。」
「案内してくれるかな。」
「分かりました。」
マノンとフィリップのやり取りをみて、商人たちはほくそ笑んだ。ここで見せれば技術は流出する。見せなければ、召喚人の技術の独占だと騒ぐことができる。どちらに転んでも、この工房はお終いだ。このディランのお嬢さんには、商売の厳しさを学ぶよい機会になるだろう。
「こちらになります。」
マノンが奥の部屋に続く扉を開けた。そこには、中央に大きな長テーブルが置かれていた。しかし奇妙なことに、何脚も椅子があったが、職人はその隅に数名しかいない。その光景で商人たちは自分たちの勝利を確信したような悪い笑みを浮かべていたが、このような場所に不慣れなフィリップだけはそれに気づかず、話を続けた。
「詳しく作り方を説明してもらえるかい。」
「承知いたしました。クララ準備をお願い。」
「かしこまりました。」
どうやって時間稼ぎをするのやら、と商人たちが思っていると、マノンが全体に向かって呼びかけた。
「皆さま、今回はせっかく技術交流会ですので、見学だけではなく、実際につまみ細工を体験していきませんか。」
商人たちは自分の耳を疑った。
「体験ですか。面白いな。私でもできるのかい。」
ひとりフィリップだけが、その言葉の意味を理解し、マノンの呼びかけに答えた。
「はい。ひとつひとつは簡単ですので、誰でも気軽に作ることが出来ます。商人の方々はどうされますか。」
未だ動揺を隠しきれず、唖然としていた商人たちに、マノンはにっこりと笑顔を向けた。
「もしも参加されない場合でも、お帰りの際に説明書きをお渡ししますので、ご心配なさらないでください。」
商人たちの青ざめた顔を見て、マノンは思わず笑いそうになった。それまでこの手作りキットの販売で、本当に利益が出るのか半信半疑で不安な日々が続いていたが、今回彼らの反応を見て、それだけで思い胸のつかえていたものがスッと軽くなった。多分この方法を選んだことは間違えではなかったのだ――。マノンは初めてそう思えた。
結局全員で桜の花を作ったのだが、フィリップ以外は皆心ここにあらず状態で作業をしていた。お互いの顔を見合わせては、ため息をついていた。そんな状態で作られた桜の花は、ひしゃげて潰れていて、お世辞にも綺麗とは言い難いものだった。
そこにクララがやってきた。
「マノン様、マキシミリアン様がお目見えになりました。」
「もうそんな時間。案内をお願いします。」
「かしこまりました。」
そういって、マキシミリアンが見学者全員がそろっている奥の部屋へ入ってきた。そして、フィリップの前でお辞儀をした。
「マキシミリアンじゃないか。久しいな。」
「ご無沙汰しております殿下。」
そういって二人は薄っすらとした作り笑顔を浮かべながら、握手を交わした。
「殿下、皆さま、本日はお越しいただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか。このように召喚人プロジェクト全体で、国益になりますようこれからも努めて参りますので、皆様のご支援の程よろしくお願い致します。」
全体に向けた言葉にも関わらず、マキシミリアンの瞳はフィリップしか見ていなかった。もちろんフィリップも視線を外すことはしない。
「実際に体験までさせてもらい、実りの多い交流会になった。感謝する。」
マキシミリアンは返事をしなかった。そのままフィリップを見つめ続けている。その沈黙に耐えかねたように、フィリップが先に口を開いた。
「では、失礼する。」
「お気をつけて、お帰り下さい。」
外に向かおうとしたフィリップは足を止めて、マキシミリアンの方を振り返った。
「また会えるのを楽しみにしていると、舞花に伝えてくれ。」
その言葉を聞いてマキシミリアンの視線の鋭さが増したものの、フィリップはそのまま馬車に向かっていった。それに続き、帰路につこうとした商人たちの背中に向かって、マノンが明るい声で呼びかける。
「本日皆様に体験頂いたものは、つまみ細工の手作りキットとなっております。本日から店頭で販売しておりますので、よかったらお土産にご購入下さい。」
にっこり笑顔を向けられた商人たちは、そのまま馬車に戻っていった。その後ろ姿に来た時の威勢はかけらも残っていなかった。
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