54 先手必勝
「マノンはつまみ細工の技術が知られてしまうのが、嫌なの?」
舞花のストレートすぎる物言いに、マノンが軽くため息をつく。肩の力が一気に抜ける。
「そうね。その通りよ。」
「売れなくなるから?」
「そう。」
「でも、これって簡単だから、いつかは真似する人が出てくるよね。」
さっきまで商人同士の剽窃の話をしていたはずなのに個人レベルの話をされ、問題の焦点がずれていく気がしたが、マノンはぐっととこらえた。自分が見えていないものが、舞花は何かが見えているという期待があり、話を続けることにした。
「でも、こんなに早く、しかも自ら見せにいかなくてもいいじゃない。」
「マノン、私はね、つまみ細工をたくさんの人に楽しんでもらいたいの。もちろん、つけて楽しむ人もいれば、作って楽しむ人もいる。昔の私みたいに。それって悪い事じゃない。技術として、むしろいいことだと思うの。だって、色んな人の手によって、進化したり、新しくなったりするから。」
それは彼女が特許のときに言っていたことだ。そしてそれはやはり個人レベルならば、工房にとって全く問題ない。
「でも、相手は他の商人よ。うちよりもたくさん職人を抱えている工房も多い。そうしたら、もっと安く売り出し始めるわよ。」
「マノンは安売りしたい?」
「そうじゃないわ。きちんとしたものを、適正な価格で売るわよ。」
職人の仕事をおざなりにするような発言に、語気が少し強くなった。
「じゃあ、私は大丈夫だと思う。確かに、色んな人が作るから、お店で買う人は減るかもしれない。でも、売れなくなるわけじゃない。」
その売り上げ減少が工房にとっては死活問題なのだ。マノンはもうこれ以上、舞花と議論したところで意味がないのかと思ってい始めていた。
「むしろ、色んな商品が出てくるから、きちんとしたものが欲しくなる。自分で作って難しさが分かるから、プロの作ったものが欲しくなる。だって、みんな裁縫は出来るけど、お店で服を買うでしょう。」
「確かに。」
「流行れば、お客さんの目が肥えるから、ちゃんとこの工房のものが欲しくなるわ。」
「そうなの……かしら。」
「ただし、きちんと質の高いもの、素敵なデザインのものを売らなきゃだめよ。お客さんを騙すような商品を売ったら、結局は損する。」
「それは、そうだけど……。」
理屈は通っているけど、本当にそんなに上手くいくのか、マノンには分からなかった。そこでマキシミリアンを見てみると、彼は舞花の話を真剣に聞き続けている。彼が聞いているということは、一理あるのかもしれない。だからといって、やはり素直にこちらの手札だけを見せるのは納得いかない。
「だったら、前にも言ったけど、盗まれる前に、公開しちゃったらいいんじゃない?」
「どういうこと?」
「手作りキットを販売するの。私もそうやって始めたの。髪飾りと同時にどんどん売り出して、たくさん広げましょう。」
「……ふふふふふ。」
静かな笑い声が落ちた。振り返ると、マキシミリアンが口元を押さえたまま、机に肘をついていた。今まで声をだして笑ったところなど見たこともなかった舞花の背筋はぞくりとした。
「短期的な技術独占ではなく、長期的に市場を自ら育てて、主導権を握っていくということだろう。…悪くない。悪くないどころか、目先の利益勘定ばかりが上手い狐の鼻を明かすには、ぴったりの案だ。」
マキシミリアンが誰に話しかけているわけでもなく、早口でまくし立てている。
「でも、工房の売り上げは大丈夫でしょうか?」
自分の工房のことがあるマノンが、心配そうにマキシミリアンに尋ねた。
「要は、一時的な需要の爆発に依存するのでなく、かんざしを装飾品として定着させることで、定期的な需要が起こる。そこで王家御用達として、しっかり地位に見合うものを提供すれば、安定した黒字になるだろう。」
「でも、本当にそんなに上手くいくのでしょうか……。正直、私には分かりません。」
マノンの消えていきそうな声に対して、マキシミリアンの声はいっそう強くなった。
「問題ない。工房には王家御用達の肩書きがつく。マノン、手作りキットの詳細を舞花から聞いて、準備を進めなさい。見学会の日から、販売を開始する。」
マノンの返事を待たずに、マキシミリアンは指示を出し、最後に舞花の方を向いた。
「Maïka, c’était très bonne idée. Merci.」
(舞花、とてもいい案だった。ありがとう)
マキシミリアンの表情はいつもと変わらぬ仏頂面に戻っていたが、それはまぎれもない賛辞だった。
「De rien.(どういたしまして)」
お礼をされているのはこちらなのに、舞花は思いっきり頭を下げて、そのうれしさを噛みしめた。
そのまま、マノンと執務室を出て、舞花は彼女を馬車まで送っていった。
「Merci, Maïka.」
馬車に乗る前に、マノンが振り返り、舞花に抱きついた。よくわからず、舞花はマノンの背に手を回した。
「どうしたの?」
「あなたの案のおかげで、工房を守ることが出来そうだわ。」
「それはよかった。」
離れるとマノンらしい自信のある顔つきが戻っていた。
「盗難の時といい、今回といい、あなたの考えには、いつも驚かされてばかりよ。よくそんなに思いつくわね。」
「そんなことないよ。日本では平凡な考え方だよ。」
そう、つまみ細工の時といっしょ。私はただ紹介しただけ。舞花のその認識が変わることはなかった。
「そっか。やっぱりあなたは、異世界から来ているのね。すっかり忘れかけていたわ。」
「え、そうなの?」
マノンは私の肩を軽くたたき、笑顔で馬車に乗り込んだ。
「Bonne journée, Maïka.」
マノンを乗せた馬車が遠ざかっていく。私にとってはいまだに違和感だらけの世界だけれど、少しずつ私もなじめてきているのだろうか。見送っていたら、すっかり冷えてしまった手をこすりあわせながら、舞花は屋敷に戻っていった。
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