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52 アントワーヌの考察 スイーツ編

 

 やっと秋のサロンがひと段落して、落ち着いて研究が出来ると思ったら、どこかの迷惑な王子とイライラを隠しきれない兄上のせいで、ゆっくりしている暇がない。


 政治なんて何が面白いのだろうか。あんなの人間の欲のぶつけ合いに過ぎない。どうぞ、やりたい人で勝手にやってほしい。


 それよりも、この冬こそ、カンジに挑むと決めているのに――。



 始めは絵のようにしか見えなかったカンジも、いくつか並べてみたら、いくつかの共通する部位があった。もしかしたら、文字自体が記号の集合体として機能している可能性がある。舞花に聞いたら、万はあるんじゃないかと言っていた。サンプル数の規模もさることながら、それを効率よく運用するための規則もあるわけで。カンジの習得にはその運用規則の発見が鍵ではないかと思う。……


 しかし、私のカンジ学習は一向に進んでいない。



 その代わり、日本の甘味文化を垣間見ることができた。


 舞花が日本のカフェで提供していたという、パフェ。彼女曰く、あれは西洋からもたらされたものだという。たしかに、この味覚だけなく、目も楽しませる発想は、フランスのシェフが考えたと言っても、違和感がない。舞花という日本を経由して、西洋文化が入ってくるのも、文化交流という観点で、非常に興味深い。


 舞花がクリームの作り方や、ゼリーの作り方に精通していることから、現代の日本はかなり西洋文化を取り入れたものだと推測される。日本が外国の文化を取り入れることを常としているならば、我々が彼女の文化を改変していくことに、舞花が異様なほど寛容なのもうなずける。



 そして、それは彼女が描いてくれた、クリスマス限定の日本風パフェに色濃く反映されている。


 西洋のデザートであるパフェに、クリスマスという記号と日本の食文化を詰め込んだそれは、要素数から考えるとバロック的な過剰さを孕んでもおかしくない。しかし、緑と白を基調に、赤がアクセントを与えており、絵で見るだけでも、クリスマスの華やかさを感じられる。


 それにしても、星型に抜いた果物や、シロップ漬けにした果物など、冬にこんな豪華なデザートを味わうことが出来るなんて、想像しがたい。しかも、ブルジョワジーではなく一般庶民たちが、だ。

 舞花の話によれば、1950年代に登場し始めていた冷蔵技術がさらに進歩し、すでに世界的に日常技術となって久しいという。むしろ、彼女からすれば、これらがない生活の方が、信じられないらしい。


 食料の保存技術によって、誰もが冬にサクランボを楽しめる世界、アイスクリームが一般家庭の食卓にのる世界。いつか、そんな日がこの世界にも訪れるのだろうか。私は技術面には明るくないが、技術革新により再現できる文化が増えるのならば――。とりあえず、今は、彼女の語る未来を、一つでも多く記録しておくしかない。



 さて、パフェの他にもクリスマス限定の「あんみつ」というものもあるらしい。


 ゼリーに似た「寒天」というものに、赤豆を甘く煮詰めた「あんこ」や、粉にした米から作った団子、缶詰のフルーツをのせたものだという。そこに、黒砂糖のシロップをかける。あんみつは、何百年も前からある伝統なデザートだと言っていた。だが、私からすると色々な材料を一皿の上に盛りつけているため、パフェに酷似している。


 なのに、統合させることなく、あんみつを維持しつつも、パフェを受け入れ、それを統合させたような、日本風パフェを生み出してしまう。


 その弁証法的手法は、感嘆せざるを得ない。



 どうやら、赤豆の砂糖煮「あんこ」を使ったデザートがいっぱいあるらしい。パンの中にあんこを入れた、「あんぱん」。蒸したパンの中にあんこを入れた「まんじゅう」。丸くかためた米をあんこで包んだ「おはぎ」。あんこをお湯で薄め、団子を浮かべた「お汁粉」なんてものもあるらしい。


 始めはクリームの様な使い方かと思っていたら、そんな予想はいとも簡単に飛び越えられてしまった。

 ひとつの使用法に囚われず、包んだり、お湯を注いだり、試行錯誤が無限に可能性を拡張している。


 素晴らしいほどの発想の豊かさ!



 触れてみたい。

 願わくば、食してみたい。


 クリスマスパフェの際は、材料が足りないという理由で、結局彼女が屋敷にあった食材でオリジナルのパフェを作ってくれた。でも、それはあくまで「本物」ではない。それはこちらに合わせて「翻訳」された物。


 いや、たった6時間かけただけで「翻訳」をしてしまうあたり、やはり彼女の適応能力には驚くべきものがある。「もういい」と投げ出しかけた彼女を何度も引き止め、「いい加減にしてください」というジョゼットを振り切り、「こんな夜中までやれなんて、今時のトップシェフでも言いません」と家の料理人たちに呆れられてまで、試作を続けさせたかいがあった。



 きっとこの応用力の高さは日本人が故。


 そして、きっとそんな日本人が使っている、カンジをはじめとする日本語には――やはり、その思想そのものが反映されているのではないのか?


 やっぱり、カンジ学習を進めよう。

 そして、赤豆を入手して、あんこを作ってもらおう。



 そのためには、第三王子にも兄上にも邪魔はさせない。

 日本文化を政治の道具になんかさせない。

 私の研究時間を減らさせはしない、



 そして私が、まず日本語を話せるようになってみせる――。

火曜日・木曜日・土曜日の21時前に更新しています。

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