51 政治的敗北
アントワーヌは、気が重かった。不快になることが分かっているのに、やらなければならない。ひとまず早く報告しないと、不快度指数が上がるだけだ。
ノックをし、重い扉を押した。
「先ほど、マノン・デュランの工房に行きましたら、第三王子に遭遇し、お茶を飲みました。」
「Merde… ce renard rusé… (くそっ、あの狡賢い狐め)」
兄弟二人だからか、汚い言葉が吐き捨てられた。
「それで?」
「王家の贈答品リストにかんざしを入れたいという申し出がありました。」
口の前で組んでいた両手が、額の前までずれこんだ。そして、大きなため息が出る。
「それで、返事は。」
「舞花が気を利かせてくれ、保留になっています。」
「Excellent… C’est absolument parfait. 」
(素晴らしい…完ぺきすぎる)
またもやマキシミリアンにしては珍しく、喜びが発言からにじみ出ている。
「他には?」
「以上です。」
「よくやった。」
「マキシミリアン、あなたが彼を嫌いなことは知っていますが、見せすぎです。そういう明からさまな態度が相手を煽るということは、あなたがよく知っているじゃないですか。舞花ですら気づくほど、こちらへの牽制が凄かったですよ。あまり、私たちを巻き込まないで下さい。」
「......分かった。」
「それでは。」
マキシミリアンは、握りあとのついた自分の手のひらを見つめた――。
学生時代、1度だけフィリップに筆記試験で負けたことがある。
その時の自分の結果に不満はなかったの。だが、いつも自分の後に名を連ねていたフィリップが、完璧に近い点数を取ったのだ。そういうこともあるだろう――。多少の悔しさはあったが、引きずる程のものではなかった。
しかし、フィリップにとっては違ったらしい。自分を試験結果で打ち負かすだけでは足りなかったのだろう。彼の取り巻きに向かって、自分の解答がどれほど素晴らしかったのか、大声で語り始めた。
そして、その話はいつしか、フィリップがどれほど素晴らしいかでなく、マキシミリアンがどれほど今回の試験を失敗したのかという話になっている。
気づけば、クラスの大半がフィリップの周りを取り囲み、話に参加している。一方で、自分の周りには誰もいなくなっていた。
「やはり応用力に欠けるのだな。」
「答えに想像力が感じられない。」
次々と聞いたこともなかった辛辣な評価が、異なる口から出てくる。
そして、フィリップの言葉を合図に、その全員が一斉にこちらを見た。どの顔にも醜悪な笑みが張りついている。その中には、友人だと思っていた者たちの顔もあった。
言い返そうと、口を開いてみたが、言い訳としか響かず、笑いはいつかクスクスという音となっていた。
視線と嘲笑とフィリップの煽り声は、まだ未熟だった私の心を打ち砕くのには十分だった。耐えきれなくなった私は、教室を走り出た。
「Quel spectacle… On dirait un chien qu’on vient de battre.」
(あれは負け犬じゃないか…なんという見物!)
自分がいなくなり、抑えがなくなった笑い声が、フィリップの嘲る声をかき消した。
あの日、私は政治とはなんなのか、初めて理解した。
フィリップが語ったことは、全てが本当ではなかったのかもしれない。しかし、それは筋が通っており、誰が聞いても理解できる話だった。そして、その物語を周りは信じ始めた。そして、それぞれがその物語のなかで語り始めた。
結果、2位の私は、その場にいる誰よりも低い地位になっていた。それは次の試験で一位をとっても戻ることはなかった。
これは政治的敗北だった。
それ以降、マキシミリアンは政治家としての努力を惜しまなかった。今なら、あの狐に負ける気はしない。
気づけば、断りの手紙を書こうと筆を持った手に力が入っていたようで、ペン先が折れていた。大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせて、引き出しから新しいペン先を取り出す。
「あの狐の好きなようにはさせない……。」
彼にしては珍しい独り言を呟いた。
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アントワーヌからマキシミリアンへの小言はtutoyerでした。でも、あまりにため口が似合わなくて、日本語はですます調になっています。
Maximilien, je sais que tu ne portes pas ce prince dans ton cœur, mais tu es allé trop loin. Tu sais mieux que quiconque qu’une attitude aussi ouverte ne fait que provoquer l’adversaire. Même Maïka l’a remarqué : ta manœuvre de contre-attaque était trop évidente. Je t’en prie, ne nous implique pas davantage dans tes rivalités.




