49 狸と狐
「父上、一応報告ですが、舞花に第三王子からお茶会の招待がありました。」
「……ほう。」
「なので、断りの返事を出しました。」
マキシミリアンは、その日の夕食の席で、アルフォンスに手紙のことを報告した。
「あら、せっかくなんだから、行ってくればいいのに。フィリップ様のところのお菓子は美味しいと評判なのよ。」
楽しげな口調から、それがエレオノールの本音ではないことだけが分かる。フランス菓子なら、マカロンとかなのかな……。私は評判だという美味しいお菓子に想いを馳せ、興味のない政治の話から早々に離脱してしまった。
いつもなら皮肉で即座に返すマキシミリアンが、珍しく間を置いてから、面白げのない反論をする。
「母上、冗談が過ぎます。」
そして一瞬だけ、私の方に鋭い視線を向けた。
「舞花に、王族の相手は早すぎます。」
「……そうかしら?」
エレオノールが首を傾げる。それはどこかの歌劇の貴婦人のようだった。
「そんなことないと、私は思うけど。……それとも、他に何か懸念があるのかしら?」
エレオノールはマキシミリアンに微笑みかけた。
「ご存じだと思いますが、舞花が第三王子の陣営に取り込まれたら、文化資源の表層だけ掬いとり、商人たちによって乱用されてしまいます。」
いつも以上に早口で理由を述べる。その言葉は過剰なほど整っていた。そこにエレオノールが、軽い調子のまま返す。
「それは、私たちだって似たようなもの。お金に換えるかどうかしか違わないじゃない。それにお茶会の誘いを受けたぐらいでは、そんな大ごとにはならないわ。他に理由があるんでしょ……。」
「……」
都合が悪いのか、マキシミリアンは口を噤んでしまった。返答の内容自体には興味がないのか、エレオノールはこれ以上深追いはせず、楽しそうに目を細める。
「エレオノール、この辺にしてあげなさい。」
アルフォンスが、エレオノールを優しく諫める。
「分かりました。」
「マキシミリアンは、あまり感情的にならないように。」
「分かりました。」
そして、アルフォンスが席を立つと、そこで夕食はお開きとなった。
お茶会の数日後、舞花はアントワーヌとマノンの工房を訪れていた。持ち寄ったアイディアを見て、盛り上がった後、雑談がてらマノンが舞花に切り出した。
「カトリーヌたちに、新しいデザートを出したんだって?」
「そうなの。パフェっていって、いくつものデザートをシャンパングラスに入れるのよ。」
「すごく美味しくて、きれいだったって、カトリーヌから手紙が来たわよ。だったら、無理してでも、私も行けばよかった。」
本気で悔しそうなマノンに、自分の作ったものが褒められている気がして、こそばゆくなる。
「大丈夫。今度うちに来た時に出すから。」
「その時、友だちのパティシエの子も連れて行ってもいい?」
「いいよ。」
そこで、今まで黙っていたアントワーヌが口を挟んできた。
「ちょっと待ってください。それはプロジェクトの方に確認を取らせて下さい。」
「もちろんです。」
マノンもそれを当然に受け止める。自分の知っていることを共有するにも、他人の許可がいる。こういうのは面倒くさいが、基本的には許可が出るので気にしないことにしている。それよりも、第三王子の手紙のせいで、改めて自分の召喚人としての役割を意識してしまう。
今まで22年生きてきて、何気なく身につけてきた知識が、ここでは金の卵として扱われるのは、いつまで経っても慣れない。
それは私のものであるけれど、私だけのものではない。だから、もっと気軽に話せるといいのだけれど……。ただこの気持ちをフランス語で説明出来る気がしないし、実害がないから、気にしないことにしている。
そうして、マノンの工房を出ようとした時だった。一台の馬車が、工房の前に停まった。明らかに街馬車ではなく、通りを行く人々の視線が、一斉にそちらへと向けられる。見せつけるように飾り立てられた馬車には、荘厳な紋章が刻まれていた。工房を立ち上げたばかりなのに、こんなに上流のお客さんがいるなんて、さすがマノン。
御者が降り、扉を開いた。そこから誰かが降りてくる。
その瞬間、アントワーヌが私の腕を掴んだ。
「Baissez la tête.(頭を下げてください)」
アントワーヌにしてはめずらしく焦っているようだった。そうして、理由を考える前に頭を下げると、周りの人々も同じように頭を下げたようだった。
さっきの馬車に乗っていた人だろうか、石畳に硬質な靴音が響く。
その音が自分の方へと向かってくる。その足音が止まると同時に、視界に革靴のつま先が見えた。
「Bonjour, mademoiselle Maika Hasebe,」
彼の挨拶に対して誰も反応しない。沈黙。それを不思議に思っていると同時に、アントワーヌが頭を下げたまま、私をトントンと叩いた。
「Mademoiselle Hasebe ?」
アズヴさん…… ? それが、長谷部であることに、一拍遅れて、気がつき、急いで頭を上げる。
「Bonjour, monsieur...」
見覚えのない顔に一瞬言葉を詰まらせると、アントワーヌが小声で訂正を促す。
「Votre Altesse. Dites «Votre Altesse».」
(殿下、殿下と言ってください)
「Bonjour, Votre Altesse.」
アルテス?敬称だろうか。ひとまず、ぎこちなくくり返した。
気づけば、従者の人はこちらを睨んでいる。それに対して、目の前のアルテス?は、満面の作り笑顔で微笑んでいる。そして、ゆっくりと私の手をとり、持ち上げた。
そして私の手のひらを指先だけで支え、口づけになるすんでのところまで唇を近づける。
「Permettez-moi de me présenter.」
(自己紹介をさせて下さい)
あまりの優雅な一連の動作に、頭がついていかず、言われるがままにうなずいていた。
「Philippe de Valdore.(フィリップ・ドゥ・ヴァルドールです)」
「フィリップと呼んでください。メカさん、お会いできて光栄です。偶然お会いできるなんて、幸運なのでしょう。」
「Maïka Hasébé. Enchantée. ……」
(長谷部舞花です。初めまして)
私はこれに続く言葉を持ち合わせていなかった。沈黙に耐えられなくなり、助け舟を出してもらおうとアントワーヌの方を見たら、彼は無表情でフィリップ王子を見ていた。
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フィリップ王子の自己紹介
Permettez-moi de me présenter. Philippe de Valdore. Mais vous pouvez m’appeler Philippe.
Ravi de faire votre connaissance, mademoiselle Maïka. Quel heureux hasard de vous rencontrer ici.
現在、こんな劇口調で自己紹介したら、ドン引きされるでしょう。




