48 甘いお誘い
「舞花、新作のデザートを食べに来たわよ。」
待合室に迎えにいったら、カトリーヌの元気な声が飛び込んできた。後ろから、クレモンスもやって来る。
「舞花、お招きありがとう。会えて嬉しいわ。」
今日はアントワーヌのお願いで試作していたパフェのお披露目会だ。さすがに材料不足で、クリスマス限定の抹茶パフェは出せないけれど、ありあわせでパフェを作った。
それでも、予想以上に苦戦した。冷凍庫がないからアイスクリームはないし、米粉がないからお団子もだめ。クリーム作りも泡立て器でしなければならない。季節柄、果物も少なかった。
容器はシャンパングラス。その中に、層を重ねていく。一番下はリンゴジュースのゼリー。その上にカラメルをからめたリンゴのコンポートを入れ、その上にクリームをかける。一番上にはメレンゲとマロングラッセを飾りつける。
まさかスイーツ好きの経験がこんなところで生きるとは。味も見栄えも申し分のない、異世界パフェが出来上がった。
エレオノールにも好評だったので、二人にもご馳走することにした。マノンは誘ったけど、工房が忙しいとのことで、残念ながら今回はパス。代わりに、打ち合わせも兼ねて、今度私が遊びに行くことになった。
小応接間に着くと、ジョゼットが紅茶と一緒にパフェを持ってきてくれた。
「C’est très joli!(とってもきれいね!)」
「Il y a plusieurs types de desserts dans un verre à champagne.(いくつものデザートががシャンパングラスに入っているのね)」
カトリーヌとクレモンスが嬉しい反応をしてくれる。パフェを前にした女子のテンションの高さは、日本も異世界も共通みたいだ。
「Oui, c’est ça. (そうなんです)」
私が作ったものなのに、アントワーヌが解説を始めた。
「パフェというそうです。まず、このデザートを層にして重ねるという発想がとても面白いです。我々もデザートを複数並べることはありますが、このように層にすることによって、異なるデザート同士が混ざったりして、新しいハーモニーが生まれる。さらに、それをシャンパングラスという断面の見える容器に入れるというのが、目も楽しませてくれる。素晴らしいデザインです。この層の比率なのですが、……」
私は、いつ終わるのか分からないアントワーヌの解説が終わるのを待つことなく、ふたりに食べましょうとジェスチャーで合図を送っていたため、全員聞き流しながらパフェを楽しんでいる。
発案者ではあるが、私もこのパフェを楽しみにしていた。というのも、今回は私のレシピに基づいて、ボーモン家のシェフたちによってバージョンアップされたもの。自分で作ったものも悪くなかったが、やっぱりプロが作ると見た目も美味しさも格段にアップしている。層がきれいに分かれ、クリームの固さもバッチリだ。もうお店に出しても問題ない。
みんなでパフェを楽しんでいると、めずらしくジョゼットが話しかけてきた。
「Madame, excusez-moi.(すみません)」
「Qu’est-ce qui se passe?(何がありましたか)」
「Vous avez reçu cette lettre.(この手紙が届きました)」
私に手紙というのも珍しいが、何やら高級そうな封筒に、赤い蝋で封がしてある。なんだか重要そうな手紙である。それが私宛?全く身に覚えがなかった。
「ちょっと失礼します。」
急にアントワーヌが深刻そうな顔つきで席を外した。取り残された私は、果たしてどうやって開けるか迷っていた。
「ちょっといいかしら?」
クレモンスが手紙を見る。
「これは、第三王子のフィリップ様のものよ。」
「え、王子様?」
まったく予想していなかった大物差出人に、戸惑いが隠せない。
「舞花、もう王子様とお知り合いだったの?」
こっちが聞きたいよ、ということを悪びれた様子のないカトリーヌが尋ねてくる。
「いいえ、全く。」
「それじゃあ、何の御用かしらね。かんざしプロジェクトのことかしら?」
そこへマキシミリアンがやってきた。追いかけるような形でアントワーヌも戻ってきた。そして、一応カトリーヌとクレモンスに最低限の挨拶だけし、本題に入った。
「第三王子からの手紙というのはこれか?」
マキシミリアンに睨まれて、何も悪いことをしていないのに、私は内心縮みあがってしまった。そうして、手紙を恐る恐る渡す。
「開けるぞ。」
一応疑問の形ではあったが、マキシミリアンはこちらの返答を待つことなく、胸ポケットからペーパーナイフを取り出し、慣れた手つきで素早く開封した。
「読むぞ。」
またもや形式だけの質問をこちらに投げつけると、険しい表情で手紙を読んでいく。そうして、読み終わり、元のように二つに折ると、そのまま縦にビリッと破いた。そして、それをアントワーヌに渡し、「Ce renard… (キツネめ)」と呟いて、来た時と同じように足早に去って行ってしまった。
私だけでなく、他のふたりもマキシミリアンの一連のリアクションに唖然としている。私は内心、「やっぱりマキシミリアンってヴァルドールの人からしても怖いよね」と、ふたりの反応に安堵していた。
「Pourquoi il a déchiré la lettre? Antoine, expliquez-moi, s’il vous plaît.」
(どうして彼は手紙を破ったの?アントワーヌ、説明してください)
私は事情を知っていそうなアントワーヌに尋ねた。すると、アントワーヌは真っ二つに破かれた手紙をつなぎ合わせ、書かれた内容を読んだ。
「これは、第三王子からのお茶会のお誘いですね。かんざしプロジェクトの話を詳しく聞きたいとあります。」
「フィリップ様らしいですね。」
心当たりがあるのか、クレモンスが答えた。
「Ça veut dire quoi ?(どういうこと?)」
王族情報ゼロの私は、事情を察したらしいクレモンスに説明を求めた。
「ヴァルドールにはね、王子が3人いるの。長男のギヨーム様、次男のアンリ様、そして三男のフィリップ様。特に何もなければ長男のギヨーム様が次の王なのだけれども、ブルジョワジーや豪商たちは革新的なフィリップ様の方が都合がいいみたい。」
「2番目のアンリ様は?」
「アンリ様は文化や芸術を愛する人なの。悪い方ではないけれど、王には向かないって本人も含め 皆思ってるわ。」
「忘れているかもしれないけど、召喚人であるあなたは、この国では重要人物よ。言い方はよくないけれど、あなたを得ることは、どんな鉱山よりも価値があるの。だから、フィリップ様はギヨーム様よりも早く舞花と関係を築くために、今回お茶会に招待しているのよ。」
歴史の教科書のような絵にかいた後継者争いにいまいち現実感がわかない。でも、ひとつわかったことは、私はその権力争いと無関係ではないということだ。確かに、落ち着いて考えれば、異世界の知識をもたらす私はよい鴨である。
それでも、マキシミリアンの手紙ビリの答えにはなっていない。
「アントワーヌ、それでどうしてマキシミリアンは手紙を破ったの?」
再び彼の弟に尋ねた。
「政治的見解の齟齬ですかね。くわえて、フィリップ様とマキシミリアンは同級生なのですが、昔から仲が悪いんです。彼はフィリップ様のやり方が気に食わなかったのでしょう。」
シンプルな答えが返ってきた。マキシミリアンは感情的に見えて、合理的に物事を判断していると思っていたので、私怨という俗な理由がなんとも意外で、手紙を破いたことよりも驚きが強かった。
マキシミリアンがそこまで嫌いな相手。見てみたい気もするが、恐ろしくてそんな人とお茶をする気にはなれない。
「安心してください。きっと、今頃マキシミリアンがお茶会を断る返事を書いているはずです。」
私の表情を読んだのか、アントワーヌが付け足した。
「私たちはお暇するわね。行きましょう、カトリーヌ。」
「うん。さようなら舞花。パフェ、美味しかったわ。」
そうだパフェ。私は残っていたゼリーを急いで口にいれた。
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