47 具だくさんのパフェにご用心!
「さて、何か話してください。」
「……」
いざ、思い出話を語れと言われると何を話していいのか困る。しかも、アントワーヌにだ。日本の文化ついてならともかく、この人に私の個人的な思い出を語ったところで、興味を引くはずもない。
黙っていると、痺れを切らしたアントワーヌが、質問をしてくる。
「去年のクリスマスは何をしていましたか?」
「Je travaille.」
「どこでどんな仕事をしていたんですか?」
「カフェのウェイトレスです。」
卒論のために1月に辞めたバイト先のことを思い出す。ショッピングモールの片隅にある和カフェで、こじんまりとしていい所だった。
「クリスマスの日に特別なことがありましたか。」
「この日はとても人が多い日です。いつもはお客さんの少ない時間がありますが、この日はずっと忙しかった。えっと…。」
こちらに来て、まだ半年も経っていないのに、色々とありすぎて、そのちょっと前のことが、遠い昔のように感じてしまう。
「12月には期間限定のデザートがあるんです。緑のクリームに苺と栗などが飾ってあるデザートです。」
本当は抹茶パフェで、下に色々と入っていたりするが、説明しきれないので、大幅に省略させてもらう。
「それで?」
あれ、いつもだったらここで質問が飛んでくるところなのに、あっさりと続きを促される。もちろん、メモする手は絶えず動いているのだが、やっぱり面白くなかったのだろうか。
「それがとても人気で、材料が足りなくなります。それで給仕なのに、ひたすらクリームを作ったり、果物を切ったりしています。」
「それで?」
「それで、終わりですよ。」
「分かりました。大変、興味深かったです。」
アントワーヌにしては珍しく、お世辞を言ってくれた。誰も彼もクリスマスだからといって、ドラマチックなことが起こるわけじゃない。私は、ひたすら生クリームを作り、白玉を丸め、カラフルなゼリーをひたすら固めて切るという地味な作業を続けていた。もちろん厨房は戦場ごとく、ミスの許されない殺伐とした雰囲気だったが、それを描写する力は私にはまだない。
「では、今の話を過去形を使って、もう一度話してみましょう。今の話を話すには2種類の過去形を使います。」
「1つ目は複合過去(Passé composé)です。これは起きたことを説明する文に使います。今あなたの話だと、“緑のクリームを作った”などですね。複合過去の作り方は基本的にavoirを使って作ります。ただ10個の動詞だけはêtre を使いますが。」
「では、やってみましょう。」
Je travaille dans un café.
(私はカフェで働いている)
Je fais une crème verte.
(私は緑のクリームを作る)
Je coupe des fruits.
(私は果物を切る)
アントワーヌが文を書き、travaille (働く)の部分に線を引き、「ai travaillé」に書き直した。
私は残りの二つの文を見よう見真似で直してみる。3つ目は「ai coupé」で正解したが、2つ目のfais を「ai fairé」としたら、「ai fait」と訂正された。
このparticipe passéと呼ばれる形には、不規則なものもあるみたいだ。作り方も、過去分詞のparticipe passéも、英語の現在完了になんとなく似ている。
「次に、描写や説明はimparfait (半過去)を使います。“お客さんがたくさんいる”、“デザートには緑のクリームがついている”というのは、これに該当しますね。」
Il y a un dessert spécial pour Noël.
Il est très populaire.
これをアントワーヌが直していく。
Il y avait un dessert spécial pour Noël.
Il était très populaire.
「participe passé も imparfait も活用を覚えなきゃいけません。この活用表のこことここに書いてあるので、きちんと確認するようにして下さい。」
赤い本!
最近全く出番がなかった、あの赤い活用本は、どこにいっただろう。秋のサロンで使った図版と一緒に書庫に置いてきてはないだろうか。嫌な汗が出てきた。
「では、宿題で過去のクリスマスの話を300単語で明日までに書いてきて下さい。」
作文の宿題にげんなりしながらも、妙な違和感を覚える。鬼のように何度も反復練習をさせてきたアントワーヌにしては、簡単に説明だけして、宿題を出して終わりというのは、拍子抜けするくらい、あっさりだ。なんだか、嫌な予感がする。
「というわけで、」
アントワーヌは、教壇を降り、こちらに近づいて来た。
「緑のクリームって、何ですか?どうやって着色しているのですか? そもそも、そのデザートはどんなものか絵を描いて下さい。いや、出来るならば、作って、……」
本当にこちらに尋ねる気があるのか疑わしいほどの勢いで、質問や要望をぶつけてくる。しかも、物理的な距離まで詰めてくる。
遊んでほしくてたまらなくなって飛び込んできた大型犬にするように、私はアントワーヌをよいしょと押しのけた。今まで静かに話しを聞いてくれた、あの人はどこにいったのだろう。
「Vous avez bien écouté mon histoire, mais maintenant… écoutez-moi un peu, s’il vous plaît.」
(きちんと聞いてくれていたのに、今は...ちょっと聞いてください)
「Maïka, vous avez bien maîtrisé le passé composé. C’est parfait.」
(舞花、複合過去をちゃんと習得しているじゃないですか。完ぺきです)
「それでは、次はデザートの描写に移りましょう。次はimparfaitを使って下さいね。」
絵を描かされ、端折った部分も全て説明させられて、具沢山のクリスマス限定パフェを恨めしく思ったところで、今日のレッスンが終わった。
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