45 秋の終わりと新しい門出
「理由を聞こう」
「既存の工房の一部門として請け負うには、規模が大きすぎます。今の工房の規模なら、この件の専属でないと難しいです。」
急にマノンのマキシミリアンを見る目が鋭くなった。
「そこで、新しい工房を立ち上げようと思います。Maison cerisiers(アトリエ桜) です。」
「父からは、今回製作に関わった設備と数名の職人を譲り受ける許可を得ています。召喚人プロジェクト専属の生産工房として契約を結んでいただけるなら、今回の受注はすべてこちらで引き受けます。」
「責任者は誰になる?」
「私です。」
「後見人は?」
「父と、取引関係にある二家に打診する予定です。」
「職人はどう増やしていく?」
「つまみ細工の技術習得自体は難しくありません。なので、洋裁が出来る人を採用し、専用職員が製作する傍で、研修を行い、適性の高いものを、つまみ細工の職人として実践的に育成する予定です。」
「初期投資の財源は?」
「不足分は父からの借入れで補う予定です。」
マキシミリアンの質問に、躊躇なく的確に答えていく様子に、私はただただ唖然としていた。これは一朝一夕にどうにか出来るものではない。きっと、彼女は前から独立できる機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
やっぱり、マノンはすごい。内容は分からずとも形勢は悪くない。私はただ、心の中で必死にマノンを応援するしかなかった。
「悪くないな。まず、プロジェクトの専属工房になるのは問題ない。むしろ、こちらとしても都合がいい。あとで、契約書を作成しよう。そして、私も工房の後見人になろう。また、ラ・ロシュフォコー家とベルクール家にも相談してみなさい。出資も含めて協力してくれるだろう。」
カトリーヌとクレモンスの家だ。確かに彼女たちの家ならば、プロジェクトへの理解も深いはずだ。
「また、資金に関してだが、先日の事件の犯人捕まった。サロンの出品を断念した工房による嫌がらせだったそうだ。すぐにではないが、賠償金が手に入るので、それは工房の新設資金に回しなさい。」
「ありがとうございます。」
「なるべく早く、生産を開始したい。事業計画書を今週中に提出してくれ。」
「それならば、こちらに。」
マノンは十数枚の書類を鞄から取り出し、マキシミリアンに渡す。すごい用意周到さ。ドラマのワンシーンのようなやり取りに、圧倒されていた。
「では、目を通しておくので、工房新設の手続きを迅速に進めてくれ。こちらも公証人に契約書の作成を依頼する。今日はこちらからは以上だ。」
小応接間の扉を閉じ、マノンは足早に歩き始めた。それを小走りで追う。
「すごいわ、マノン。完璧だったわね。」
「本当?」
いつもより赤くなったマノンの顔に、先ほどの自信は無くなっていた。
「本当よ。マキシミリアンも認めていたじゃない。」
「みて。」
マノンは自分の手を広げた。手のひらには深く爪痕が残り、指先はまだ小刻みに震えていた。
「これを逃したら、もう無いかもしれないと思ってたから。」
その声は、会議室の中よりずっと小さい。
「でも、書類まで用意してたじゃない。」
「あれ、お父様に何度も突き返されて、最後の方は半分泣きながら書いたのよ。だから、押し付けてでも受け取らせるつもりだったわ。」
「……マノンも緊張するのね。」
「当たり前でしょ。これで怖くない人間なんて、ただの馬鹿よ。」
そう言って肩をすくめるマノンに、思わず吹き出した。つられて彼女も笑う。
笑っていたら、向こうからエレオノールがやって来た。
「ずいぶん楽しそうね。」
私はエレオノールへ駆けより、マノンを引き合わせ、挨拶を済ませる。
「二人とも、本当に素晴らしかったわ。私の周りでも評判は上々よ。お茶会での評判も良かったけれど、今回はそれ以上ね。舞花さんがこの国へ届けてくれたものは、きっとこの国に長く残るわ 。」
「Merci beaucoup, madame.」
マノンが珍しく控えめに頭を下げた。
私もお礼を言い、なんだかくすぐったいような気持ちになっていた。
「そこで提案なのだけれど、」
エレオノールはいたずらっぽく目を細めた。
「サロンが落ち着いた頃に、プロジェクトメンバーを招いて、我が家で晩餐会をしようと思うの。」
「晩餐会(Un dîner)?」
「もちろん、堅苦しいものではないわ。身内だけの小さな席よ。」
「素敵です。」
そう答えたのはマノンだった。
「それはよかった。では、日取りが決まったら改めて知らせるわね。」
そう言って優雅に去っていく後ろ姿を見送りながら、私はマノンに肩を軽くぶつけた。
「工房の新設祝いにもなるね。」
「何言っているの、主役はあなたでしょ。」
私たちのくすくす笑う声が廊下に響く。窓から差し込む秋の終わりの陽が、そのひとときをやわらかく包み込んでいた。
二週間後、ボーモン家はいつも以上に華やかに整えられていた。
待合室へ入ると、すでに皆が揃っていた。マノンはいつもより少し大人びた濃紺のドレスをまとい、その隣には父親の姿もある。カトリーヌとエロディは新作の帽子について盛んに語り合い、クレモンスはその横で静かに微笑んでいた。
そこから全員で食堂に移動し、アルフォンスとエレオノールのエスコートで席につく。
「皆さん、本日はふたつの喜ばしい門出を祝う席です。」
低くよく通る声が、食堂全体に響く。
「ひとつは、召喚人プロジェクトが初めてこの国にもたらした新たな美の華々しい成功。そしてもうひとつは、その輝きをさらに育てる新たな工房――Maison Cerisiers の誕生。」
マノンの肩がわずかに揺れる。
「新しいものは、まるでそれが特権であるかのように、既存の秩序を揺るがし、私たちを戸惑わせます。しかし、それらを正しく受け入れ、磨き、次世代へとつないでいくことこそが、私たちの務めではないでしょうか。」
アルフォンスはそこで一度、私へ視線を向けた。
「特に舞花嬢。この度の貢献、感謝します。」
「この輝かしい成功と、諸君らの未来に。」
グラスが高く掲げられる。
「À l’avenir.」
「À l’avenir.」
澄んだ音が重なった。
晩餐が始まると、食卓はすぐに賑やかになった。
エレオノールとカトリーヌ、それにエロディは、早くも次の流行について語り始めている。 次々飛び交う言葉に、私は途中から完全についていけなくなった。ただ、うんうんと頷いていると、なんとなく会話に参加しているような気分にはなれる。
一方その頃、テーブルの反対側ではまったく別の熱気が生まれていた。 マキシミリアンとマノンが、食事そっちのけで工房の話を続けている。そこへクレモンスが時折、冷静につっこみを入れている。
結局、私が一番落ち着いて話せる相手はアントワーヌだった。
お開きになりそうになったところで、私は声をあげた。
「みんなに渡したいものがあります。」
話し声が止み、視線が一気に集まった。
後ろに控えていたジョゼットが、順に箱を配っていく。
中には、それぞれ小さなポインセチアのつまみ細工が入っていた。 女性陣にはブローチ、男性陣にはネクタイピンに仕立てたものだった。
最初に声を上げたのはエレオノールだった。
「まあ!」
彼女が胸元へ当てる。
「これ……全てあなたが? 」
「はい。みんなへの、お礼です。」
思いつきで私が作った葡萄のかんざしを、みんなに気に入ってもらって、一緒に作ってもらえた。それだけで嬉しかったのに、大きな髪飾りになり、ショーとなり、気づけば多くの人が興味をもってくれるようになった。さらには、これを仕事にする人まで出てきている。まさかこんな大事になるとは思わなかった。それも、ここにいるみんながいてくれたおかげだ。
マノンがそっとブローチを撫でる。
「……これ、うちの商品候補にしてもいい?」
その一言に、場がどっと笑いに包まれた。
そしてマキシミリアンはネクタイピンを手に取り、しばらく眺めたあと、短く言った。
「Pas mal.(悪くない)」
それが彼なりの賛辞なのだと、今では分かる。
窓の外には、冬の気配を孕んだ静かな夜が広がっていた。秋に芽吹いたものが、確かに次の季節へ繋がっている。そんな気がした。
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