44 保護か自由か
「Madame, Mademoiselle Manon est arrivée.」
(マノン様が到着されました。)
ジョゼットから報告を受けたが、寝耳に水だった。サロンの一般公開から2日目、何かトラブルでもあったのだろうか。衣装が破かれた朝を思い出し、胸が高鳴った。ひとまずマノンを迎えに、足早に玄関へ向かう。
「Bonjour, Maïka. Tu vas bien ?」
(こんにちは、舞花。元気?)
入ってきたのは、いつものマノンだった。ビズをしながら、ほっと胸を撫で下ろす。だったら、どうして急に訪ねてきたのだろうか。
「Pourquoi tu es ici ?」
(どうしてここにいるの?)
「Parce que j’ai rendez-vous avec Monsieur Maximilien Beaumont.」
(マキシミリアン・ボーモン氏と約束があるからよ)
約束って、なぜマノンがマキシミリアンに?仕事関係?実は、実家同士で取り引きがあるとか……。
「今後の生産、販売についての相談よ。私たちの展示、かなり好評でしょ。」
「そうなの?」
「え、あなた知らないの?前代未聞の大行列できているのに、最重要人物がそれを知らないなんて。」
夕食の際に、エレオノールから評判だという話は聞いていたが、それはエレオノール周辺の反応だと思っていたので、実際にサロンの展示がどうなっているのかは知らなかった。
現在、私たちの展示室は異例の人数制限がかかっているらしく、サロン会場の前にそのための長蛇の行列が出来ているらしい。サロンに行列なんて聞いたことがないと語るマノンは早口な上に、どんどん顔が近づいてくる。
そのうち、話についていけなくなってしまったが、その熱い口調からも成功の大きさが伝わり、小さくガッツポーズを決めてしまった。
そこにマキシミリアンがマノンを迎えにやってきた。私は教室に戻ろうと思い、一緒に立ち上がると、マキシミリアンから一緒に来るように言われた。彼に呼ばれてロクなことがない。ため息をついて、顔を上げると、マノンが口角が上がっているように見えた。不吉な予感しかない。
小応接間に入ると、アントワーヌがすでにそこにいた。皆が席に着くなり、マキシミリアンは本題に入った。
「Tout d’abord, permettez-moi de vous féliciter pour le remarquable succès du Salon d’Automne. Bravo.」
(まずは、秋のサロンのめざましい成功おめでとう)
彼の軽い拍手の音が室内に響く。面と向かって褒められたのは初めてのことで、嬉しいはずなのに、口調も堅く、表情がいつもの仏頂面のままなので、気持ちのこもっていない空虚な言葉と動作のようにしか感じられず、いまいち心に響いてこない。
「かんざしもYukataも展示希望やショーの再演希望がいくつも届いている。さらに、購入希望の問い合わせも各所から大量にきている。特に、ル・モデルヌからの注文はかなりの大口だ。」
「Le Moderne.(ル・モデルヌ)」
私とマノンの声が被った。なんだそれ的な私とは反して、マノンは喜びのコメントが止まらない。どうやらお店に置かれること自体がすごいことらしい。
というか、私はまだこっちに来てからショッピング的なものをしていなかったことに気がついた。買うよりも作る方が好きだったから、特に困りもしなかったけれど、一度見にいってみたい。パリのデパートはきらびやかだったけれど、やっぱりこちらもそうなのだろうか。
マキシミリアンとマノンは注文数やら生産数やらの確認に入っている。大きすぎてそれがいくつかも分からなければ、それが何の数かも分からない。街中でかんざしやYukataが流行っている光景を想像する。今からの季節ならば、髪飾りでなくとも、ブローチにしてショールなどの留め具、もしくは帽子につけてアクセントしてもいいかもしれない。
「Maïka,」
マキシミリアンに名前を呼ばれ、我に返った。
「つまみ細工に関してbrevet を取る。」
「ブレべ?」
「新しい技術を守るための制度で、誰がどんなものを創ったのかを登録するんです。あなたの国にもありますか?」
アントワーヌの説明によれば、特許みたいものだろうか。でも、それは私が作ったものじゃない。私の名前で囲い込むのは、何だか違う気がする。
「あります。つまみ細工は、私のものではないです。だから、色んな人が自由に使ったらいいと思います。私もそうやって出来るようになったし。」
「でも、むやみな模倣を防がなければ、この技術を悪用して…」
「つまみ細工で人は殺せません。それに、変な使い方に見えてもそこから新しいものが生まれることもあります。Yukataみたいに。」
日本で受け継がれてきたものなら、なおさら閉じ込めたくありません。
誰かが使って、変えて、また別のものを生み出していく方が自然だと思います。
あの時、エロディのデザイン画をみて、私ははじめ「違う」と切り捨てた。でも、いざ作ってみたら、そこからステキな着物風ワンピースがいくつも生まれた。
「創作の自由と権利の保護の問題ですね。あなたは権利を放棄し、創作の自由を優先すべきだということでしょうか。」
「それは…、違う気がします。だって、私のものではありませんから。使われる中で変わっていく。それが伝統だと思います。」
着物も浴衣も私のものではないのに、日本人というだけで、私のものの様にふるまい、着物が派生する可能性を潰してしまった。同じことをくり返したくない。
「だから、かんざしだけでなく、自分で作れるようなキットを売って、作るのを楽しんでもらうのもいいと思います。そこから、新しいものが生まれるかもしれません。」
「完成品を売るだけでなく、美意識の実践そのものを市場へ開放する、参加型の消費ですね。」
アントワーヌが小難しい言回しに直し、一人で満足げに頷く。
「舞花」
商機を見つけたマノンがキラキラ、いやギラギラした目でこちらを見つめてくる。
マキシミリアンはため息をつく。
「ブレべについては後でアントワーヌに説明してもらいなさい。きちんとレベルを定めれば、その考えも実現できる。」
「さて、髪飾りとYukataの生産だが、そちらの工房でお願い出来ないだろうか。」
マキシミリアンがマノンの方を向いて尋ねた。
「Impossible. (できません)」
一瞬にして、その場の空気が凍りついた。しかし、内容に反して、マノンの態度がひどく堂々としている。
「Je vous écoute.(聞こう)」
その瞬間、マノンの口元がわずかに吊り上がった気がした。
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