41 エセでもいいじゃない
「Nous pouvons faire quelque chose, si nous changeons la manière.」
(何かできると思うの、やり方を変えれば。)
私は三人に訴えかけた。
「Je ne sais pas qui l'a fait ni pourquoi.」
(誰が何のためにやったのかは分からない)
「でも、このまま諦めたら、犯人の思い通りになってしまう。」
すると、意外にも最初に応えてくれたのはクレモンスだった。正義感の強い彼女の目には、不条理な状況に抗う強い決心の色が浮かんでいた。
そして、それを受けるようにカトリーヌが続けた。
「Tu as raison, Clémence. Ce serait honteux de rester silencieuses après un tel affront.」
(こんな屈辱の後に、黙っていては恥だわ)
「Clémence... Catherine...」
細かいことは分からなくとも、何を言いたいかはきちんと伝わった。窮地に立たされていた私の心にしみこみ、目頭が少し熱くなる。そして視線がマノンに注がれる。作り直すにしても、工房の協力は不可欠だ。もしマノンの心が完全に折れてしまっていたり、工房の状況が厳しいならば、諦めなければならない。
「Franchement, (正直言って)」
「状況はよくないわ。作成時間もだけど、材料を探す時間もない。適当なものを出したら、工房はもちろん、商会全体の評判を下げることにもなる。私には、こんな大きなリスクを易々と取ることは出来ないわ。」
確かに、個人で参加している他の二人に比べると、工房で参加しているマノンに与える影響は段違いに大きい。感情に流されず、損得を冷静に計算する。 ――やはり彼女は商人なのだ。
しかし、こちらとしても、変に遠慮されて、知らぬ間に負担が膨れ上がるよりも、始めから伝えてくれた方がよほど効率が良い。はっきりとした態度は、合理主義のマノンらしい優しさなのかもしれない。
ともあれ、彼女を説得しなければ、マキシミリアンに言われるまでもなく、ここで終了だ。重い沈黙の中で、必死にマノンが利益だと感じるものを考える。必要なのは、気休めの言葉ではなく具体案だ――。
「マノンありがとう。あなたの状況も分かるわ。私もリスクは下げたい。だから、工房の現状だけでも教えて欲しいの。」
「分かったわ。でも、期待しないでちょうだい。うちは、かんざしの展示だけでも十分な利益は出る。下手なショーはその利益を減らすだけよ。マキシミリアンと同じように、正午までに勝機がなければ、私たちは降りる。」
部屋に緊張感が走ったが、すかさずカトリーヌがそこに切り込む。
「例えば、ショーの衣装数を減らすのはどうかしら?残り日数からいって、ドレスは厳しいと思う。でも、浴衣はどうかしら?確かすぐに出来ていたわよね。私はどうしても髪の毛のバサってやつを見てほしいのよ。」
「確かに浴衣ならば、裁断も縫製も単純だから、1日に何着か作れるわ。ただ、生地は工房にストックされている無地のものを使うしかないわ。」と、マノンが、いつもの調子で答えた。
「帯が差し色になるから、無地でも悪くはないと思うけど……。」
マノンとカトリーヌの議論が続いている。無地の浴衣。見たことはないけれど、悪くはない気がする。が、やっぱり華やかさには欠ける。マノンたちも刺繍や絵付けなどの手法を検討している。シンプルな柄とは?と一生懸命に浴衣や着物を思い出す。大柄は難しいなら、縮緬みたいなこま柄のくり返しならばいけるかもしれない。スタンプとかステンシルを想定しながら、マノンたちの話の輪に加わった。
「柄によるけど…悪くないわね。柄の見本はある?」
私は見本を書くために、一旦応接間を抜けて、紙を取りに部屋に戻った。
「ねえ!これ、使えないかしら?」
勢いよく扉を開けた私は、廊下を走ってきたために、肩で息をしていた。手には大量の紙を抱えている。
「舞花、どうしたの?」
「前に…エロディのデザイン画。これを代わりに…。」
私は紙をテーブルに広げた。そこには、一度は捨てられてしまった多種多様なYukataが描かれていた。
「ドレスは難しいかもしれない。でも、これは浴衣に似ているから、すぐに出来るんじゃない?」
「確かに、この中のいくつは型紙のパーツ数も少ないし、1、2日あれば完成するわね。」
マノンが慣れた手つきでデザイン画をめくりながら、良さげなものを次々と選別していく。
「最初に見た時も思ったけど、これとかすごくおしゃれよ。デモンストレーションで話題になったら、絶対に注文殺到しそう。」
カトリーヌもお気に入りのデザイン画を確保し始めている。
「確かに、こういう感じならば、次の春夏に向けての購入リストに一着入れてみようと思うわね。」
カトリーヌとクレモンスの反応に、マノンは眉間に皺を寄せている。それは、不快感を表しているのではなく、何か思案している表情だ。彼女は揺れ始めている。私はすかさず言葉を継いだ。
「浴衣は可愛いけど、エキゾチックすぎて着たいとは思いにくいと思うの。でも、このエロディの案ならば、ヴァルドールの人たちも受け入れやすいんじゃないかな。それこそかんざしと一緒に、こちらへの贈り物としてどうかな?」
私は、パリで度々見かけた日本料理店の写真を思い出した。海苔の代わりに、サーモンやアボカドで包まれた巻き寿司は、寿司ではなくカルフォルニアロールに近かった。日本人の私としては、カルフォルニアロールを食べている人には、いつか本物の寿司も味わってほしいと思う。 でも、どこでも見かけるということは、それだけカルフォルニアロールがパリで受け入れられているということだ。
そもそも日本で人気のカレーやラーメンだって、本場のものとはかけ離れているけど、本場ものにはない良さもある。ならば、Yukataだって“間違い”ではなく、この国で生まれた新しい浴衣なのだ。知ってもらうだけじゃなくて、このヴァルドールで日本文化を受け入れてもらいたい。だから、今回は浴衣だけじゃなくて、Yukataも使って勝負を仕掛けたい。
質問の答えを求めるように、私は再びマノンを見た。
「…… なるほど。悪くないわね。」
マノンがデザイン画に視線を落とす。
「これなら、間に合わせじゃなくて、かんざしと合わせて立派な新作発表会になるわ。エロディを工房に呼んでおいて。」
彼女には勝機が見えたのだろう。先ほどまでは、話し合いにこそ参加していたが、動こうとしていなかったマノンが、ニカっと笑い、クララたちへ矢継ぎ早に指示を出し始めた。
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