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37 さくらんぼのならない木

 

 許可をもらった翌日の午後、ボーモン家の小応接間に、関係者が集まった。



「やっと始められるわね」

 申請書を記入しながらクレモンスがいった。

「こっちは待ちくたびれたわよ。ねえ?」

 マノンは、見積もり書を扇がわりに煽いでいる。

「こちらはデザインができたら、制作に取りかかれますよ。」

 工房のクララが言った。視線の先には初対面のデザイナーがいる。

「アガタです。参加できてうれしいです。」

「早く始めましょうよ。」

 私の目の前にあった図案をカトリーヌが開き始めた。アントワーヌは気合い十分でノートに何かを書き連ねている。


 私が手に入れたかったものが目の前にあった。


「それでは、第一回かんざしプロジェクトのミーティングを始めます。」

 目頭が熱くなったのは、気のせいだろう。




 まずは、昨日のプレゼンを皆の前で披露した。


「J’ai très bien compris le concept ! Je ne connaissais aucune de ces fleurs, mais c’est vraiment charmant !」

(今の発表で、コンセプトはよくわかったわ!どの花も知らなかったけど、とっても素敵!)

 1番大きな拍手をしてくれたカトリーヌが早速感想を教えてくれた。


  Je ne connaissais aucune de ces fleurs

 どの花も知らない。


 目から鱗だった。言葉があるから、てっきり知っているものだと思っていた。確かに国が違えば、前提知識も違う。桜を知らない人がいて当然なのだ。そんな当たり前のことが抜けていた。カトリーヌの素直な感想に感謝しながら、花の説明に取りかかる。


「桜は――。」

 何といえばいいのだろう。

 私がどこから説明しようか言葉につまっていると、クレモンスが助け舟を出してくれた。

「桜はさくらんぼの花よね。」


 残念ながら、期待していた助け舟ではない。さくらんぼの花を知らない私は、「Je ne pense pas...(そう思わないわ)」という何とも曖昧な答えしか言えなかった。


「どうして同時期に開花する林檎の花や梨の花では代替できないのでしょうか。」

「椿とオペラの『椿姫』には関係がありますか?」

 微妙な空気の中、どこ吹く風とアントワーヌがもっと答えられない質問を矢継ぎ早に投げかけてくる。



 デザインを練るにあたって、イメージの共有は重要だ。桜ぐらいは描けるが、他の花は自信がない。図鑑とか花の専門家とか読んだ方が……



 そうして急遽呼ばれたのが、ボーモン家のお抱え庭師のポールだった。植物図鑑も持ってきてもらっている。


 帽子を取り、机の近くまでやってくると、舞花の図案をのぞきこんだ。

「なるほど、果樹の花ですな。りんごかさくらんぼでしょうか。」

「桜です。でも、この木は実がつかないのです。」

「だったら、これですかね。」

 ポールは分厚い図鑑を開き、実のつかない桜のページを見つけてくれた。

「ありがとう。こんな感じです。枝が隠れるほど花が咲きます。」


「それをどうして道沿いに植えるのですか。」

「こうすると、花の季節になると桜のトンネルができます。」

「そのメリットは?」

「桜の花びらが散っていくなかを通っていくのはとてもきれいですよ。」

「美しさのためですか。でも、散っていくのが美しいのですか。」

「はい。桜吹雪といいます。日本では散る姿を好む人が多いです。」

「どうして――」

 いつも以上にアントワーヌの質問が止まらない。あまりの積極性にみんなは少し引き気味だ。さらに、話が花からズレていく。私を含む全体のイライラが募り、雰囲気がよどんでいく。


「恥ずかしながら、今まで庭園に植えてある花の名前なんて考えたこともなかったわ。」

 と、クレモンスが気まずそうに言った。

「どれも見たことあるものばかりだったわね。」

 マノンも苦笑いをしている。

「そうなのね。」

 なんてことない顔をしているが、私は結構ショックを受けていた。


「こちらには庭園を楽しむ文化はありますが、個別の植物への関心は高くはありません。庭師でもない限り、花は花なのです。」

 ポールは少し残念そうにいった。それは、サロンのお客さんたちも同じだろう。私だって、花に興味がある方ではない。このくらいは常識だと思っていた。でも、ここでは、そうではないようだ。こんなので、花飾りはできるのだろうか。


「Même sans connaître leurs noms, c’est beau.」

(でも、名前を知らなくても、きれいなものはきれいよ)

「Et puis… ce que tu veux exprimer, ce ne sont pas les fleurs elles-mêmes, n’est-ce pas ?」

(それに、舞花が表現したいものは、花自身ではないんでしょ)

 カトリーヌの言葉が私に刺さる。



 そうだ。

 私が見せたいのは「きれいな花飾り」ではない。


 花飾りの先にある、四季の雰囲気だ。

 どんな花かは大切だが、問題ではない。


 桜とさくらんぼの花は同じかもしれない。

 でも、桜を見ると感じるもの――



 改めて、花がもつイメージを言葉にしてみた。

「桜で伝えたい春のイメージはうれしさと哀しさです。」


「どうして哀しいの?」

 カトリーヌが尋ねた。

「桜は10日間くらいしか咲きません。咲いたらすぐに散り始めます。美しい終わり。それが哀しいんです。」

「その見解は一般的なものでしょうか。」

 また、アントワーヌの質問が始まる。でも、今回に限っては、こうして聞いてくれた方が説明しやすいので、助かった。



 紫陽花の鬱蒼とした雨季を彩る華やかさ

 菊の凛とした気高さ

 椿の寒さの中で咲き誇る、したたかな美しさ



 もしかしたら、私の勝手なイメージかもしれないけれど、それでもいい。

 私の感じる、私の思い描く、日本の四季を伝えたい。


 そんな思いで説明し直した。



「かなりイメージがつかめてきました。」

 アガタがいった。

「図鑑と図案をお借りしてもいいですか。今聞いたイメージと図鑑をもとに、クララと一緒に髪飾りのデザイン案を作りますね。」

「その時に、モデルの衣装のイメージもお願い出来るかしら。」

 と、マノンが付け足した。


「デモンストレーションもやるのでしょ?明日は各自で作業を進め、明後日にもう一度集まって、色々と決定していきましょう。」

 マノンの言葉に、ドキッとしてしまった。


 デモンストレーションと言ってみたが、何も考えていない。モデルに髪飾りをつけてもらう以外なにを考えたらいいのだろう。


「カトリーヌはどうする?」

「私はアガタたちに付き合おうかしら。試作品が出来たら、早速着けて自慢しまわるんだから。」

「カトリーヌ、私の手伝いをしてもらえないかな?」


 とりあえず、私よりもファッションショーに縁がありそうな友人は捕まえた。


 それにしても、

 ファッションショーって何だろう?

 何が必要?

 何を考えたらいいの?



 今日のお返しに、アントワーヌに聞いてみたら、何かひらめくだろうか。

 いや、自分で考えるしかないか――。

 部屋へと戻る足取りが一気に重くなった。

火曜日・木曜日・土曜日の21時前に更新しています。

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