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36 アントワーヌの嫉妬

火曜日・木曜日・土曜日の21時前に更新しています。

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最近、舞花の学習の進捗が芳しくない。

動詞の現在形の活用で止まっている。


母上の紹介で友人ができ、話す相手が増えたからだろうが、簡単な文章を作るのが随分と上達した。それはいいことだ。だが、それで表現できることには限度がある。今は、普遍的な事項も過去の出来事も同じように語られている。さらに、関係代名詞が使えないため、まとめるべき内容が細切れになって伝達される。数ヶ月前に比べたら天と地の差だが、それでも抜け落ちる情報の量を考えると、看過することはできない。


今回のスピーチ原稿の作成にあたっても、彼女が説明出来ずに飲み込んだ言葉はどのくらいあっただろうか。それに文章にする際に、私が取捨選択して切り捨てたものもある。時間がなかったとはいえ、文章にしにくいという理由だけで切り捨ててしまった内容にはどれだけの価値があったのだろうか。いくつかは記録してあるが、溢れてしまったものも多い。失われてしまったものにこそ、細やかなニュアンスが宿っており、文化的価値があったのではないだろうか。


フランス語を自由に操ることができれば――



なのに、母上が主催したお茶会以降、フランス語の学習時間が削られている。彼女がその重大さに気づくために、テストを課してみたが、これまで点数に一喜一憂していた彼女は、お茶会以降、点数への執着が一気に薄らいだ。由々しき事態だ。


言語習得は、向上心という名の、学習者本人の執着がなければ、達成できぬ。


舞花はこの現状に満足してしまったのだろうか。

もっと分かりたい

もっと話せるようになりたい

という気持ちを失ってしまったのだろうか



しかし、彼女の気持ちとは反対に、私の気持ちは高まるばかりだ。


日本語を知りたい

日本を知りたい


この前作ってもらった、日本語版のスピーチ文で分からないことがたくさんある。

「桜」と「椿」と「木」の共通する部分は偶然なのか必然なのか。

「雨」の造形と雨粒の滴る様子は関係するのか。

「梅雨」も「雨」も同じ漢字を使っているが、読み方が異なるのはどうしてなのか。


楽しい。

分からないことが多すぎる。



なのに、私の学習時間は削られるばかりだ。

さらに舞花の講義への熱意も失われていくばかり。


削られた時間を取り戻すために、就寝前の舞花の部屋を訪れたこともあったが、秋のサロンに関係ないと分かるや否や、ジョゼットに夜中に未婚の女性の部屋を訪れるなんて非常識極まりないと大声で追い出されてしまった。私はただ、「あじさい」に漢字がない理由を確かめたかっただけなのに。


結局、質問の答えを得られなかっただけでなく、執事頭の説教を半刻も聞かされた上に、母上にも念を押され、夜10時以降の部屋の訪問を禁じられてしまった。すでに夕食での学習内容に関する会話を禁じられている。


何を考えているのだろうか。

夜こそ落ち着いて研究できる時なのに――



ああ、あのお茶会さえなければ

秋のサロンさえなければ


一般的には、これを憎しみというのだろう。

私は秋のサロンが憎い。



マキシミリアンに今回の秋のサロンへの出品を延期するように説得しに行ったら、珍しく彼も同意見だったため共闘したが、父上にあっけなく潰されてしまった。

残された道は秋のサロンの開催日を冬まで延期することだが、父上が冬への布石と言った以上、これも難しい。


道は閉ざされた。

サロン参加は免れない。



しかし、収穫もあったことは確かだ。


単純な立体パーツを組み合わせることにより、多様な花の造形を可能にしている「つまみ細工」。幾何感覚もさることながら、工程や糊付け箇所も最小限に抑えられており、伝統工芸の洗練さが伝わってくる。



そして、日本の四季と花々。


彼女の絵には、彼女の言葉に勝る説明力がある。あの桃色の木が桜の木なのだろうか。どうして、あんなに密生させているのだろうか。さくらんぼが主産業なのだろうか。だとしたら、川沿いに桜を植えることは非効率的だ。舞花に聞いたら、見るためだと答えられた。では、さくらんぼは収穫されないのだろうか。非食用なのだろうか。夏は雨季で、冬には雪が降ると言っていたが、どのくらいの期間にどのくらいの量なのだろうか。


訪れることが出来ない国の四季を

舞花の絵と言葉から思い描く



そして、彼女の異常なまでの四季に対する解像度も気になる点である。実用的な農家のそれとは違う、文化的なこだわりが垣間見られる。花からどうして四季に結びついたのだろうか――。


疑問や仮説を確かめたいが、舞花の答えはいつも曖昧だ。せめてフランス語のレベル不足による、曖昧さだけでも減らしたい。


しかし、今後は一層、時間的にも精神的にも

舞花をサロンの作業に奪われていく。


ただ、私には作業する彼女の隣にいる権利がある。


観察するだけでは不十分だ。

その恩恵を最大化しなければならない。


そうだ。

秋のサロンを、私も利用することにしよう。

まったく楽しみだ。


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