35 花には花の季節がある
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本来はフランス語で交わされている会話の原文も載せていますので、雰囲気もあわせて楽しんでいただければ嬉しいです。
「Mais, je veux faire ça maintenant.」
(でも、今やりたいんです)
ついてでた言葉は、子どものわがままとしか言えないものだった。言いたいことの半分もいえない。ニュアンスを込めることもできない。原稿がなければ、すべてを基礎単語のなかに乱暴に押し込めて、並べることしかできない。
「言葉がなくては何も始まらない」
昨日のアントワーヌの言葉を思い出す。焦りが悔しさに塗りつぶされていくのを感じながら、スカートの裾を強く握った。テーブルには咲くことを許されなかった花々が、せめて紙の上ではと寂しげに咲いている。3人には何て言おう――。
「やらせてみればいいではないか。」
低く穏やかな声が、重く静まり返った空気を破った。 その声の主、アルフォンスの方に全員が一斉に顔を向けた。マキシミリアンにも負けず表情に乏しい侯爵の顔からは、その意図を読み取ることができない。
「でも現段階では、失敗リスクの方が大きいです。」
マキシミリアンがすかさず反論する。
「お前は堅すぎる。成功が確証されている挑戦など、この世にはない。」
アルフォンスの言葉にマキシミリアンが眉をひそめる。それを歯牙にもかけずに、アルフォンスは話を続けた。
「花には花の季節がある。咲くべき時を逃せば、二度と同じ花は咲かぬ。この企画は足りない部分もあるが、それは埋められる穴ばかりだ。それ以上に、我々は今、異国の四季に心を動かされた、この事実の方を大切にすべきではないだろうか。」
マキシミリアンに向けられた言葉は、ゆったりと流れるような言葉は耳には心地がいいが、私にはつかみどころがなさすぎて、何を言っているのかが分からない。それが私を後押しするようなものだということ以外は。
「ヴァルドールの人間は、今のところ彼女の国のことをまったく知らない。そんな中でもたらされる最初の情報としては、情緒的で美しい。成功すれば、彼女がフランスではなく、異国から来たことの価値の一端を示すことができ、冬に向けたよい布石となる。さらに、運のいいことに彼女の企画を手助けする適任者もすでにそろっている。私にしてみれば、これ以上の整った舞台はない。」
「しかし、」
マキシミリアンが反論しようとすると、その上にアルフォンスが言葉を重ねてきた。
「だが――」
アルフォンスはそこで一拍置いた。マキシミリアンの表情がわずかに引き締まる。
「無論、好き勝手にやらせるつもりはない。承認するなら、条件を付ける。」
コンディション……条件があるということだろう。アルフォンスからよどみなく、実務的な条件が次々と提示されていった。
「——以上だ。異論はないか。」
「私はなお、準備不足を危惧しています。プロジェクトの一環になった以上、失敗は舞花一人の問題ではありません。」
アルフォンスは静かに息子を見返した。
「分かっている。だからこそ、我々がいるのだ。若い芽に、最初から実りを求めるものではない。成功に導けるな。」
「分かりました。」
マキシミリアンは短いため息をついてから、答えた。不服そうではあるが、この状況を受け入れていたようだ。
理由も条件も分からなかったが、
どうやら許された、らしい。
私は、
私たちは、
秋のサロンに参加できる。
先ほどまでの絶望とは反対に
あまりのうれしさに、再びスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「Maïka,」
突如、アルフォンスの声が上から降ってきた。顔を上げると彼の深い瞳がが私の方に向けられていた。
「Bon courage et bonne chance.」
そして、エレオノールを引き連れて、ダイニングを去っていった。
後から聞いた話で、この秋のサロン出品が「かんざしプロジェクト」と名づけられ、正式に召喚人プロジェクトの一部に組み込まれたことがわかった。カトリーヌ、クレモンス、マノンには、プロジェクトメンバーになってもらわなければならない。すぐに集まる手配をしてもらおう。
さらに、私の活動には、常にアントワーヌの監視が入り、記録されるらしい。先生は不満げだが、私にとってはむしろ好都合だ。自分で頼まなくても、先生が常に傍らにいて、助けを求められる。甘えてはいけないと思いつつも、時間が限られているのだから、利用できるものは最大限に活用しなければならない。
マキシミリアンは、アントワーヌに必要なことを告げると、早々に立ち去ってしまった。一方で、アントワーヌは私の図案をつぶさに観察している。このままだと、いつぞやみたいに、図案を持ってかれてしまいそうだ。
「Pardon, Antoine.」
アントワーヌを押しのけて、私は図案を回収する。
「先生、頼りにしています。よろしくお願いしますね。」
私は分からないことを百も承知で、日本語で言って、お辞儀をした。
首をかしげる、アントワーヌ。
「Maïka,――」
「Qu'avez-vous dit ? Pourquoi vous inclinez-vous ? 」
「Expliquez-moi, s'il vous plaît.」
(何と言いましたか?どうしてお辞儀なんかしてるんですか?)
(説明してください)
こうして、私たちの「かんざしプロジェクト」が始まった。
Alphonse: «Pourquoi ne pas lui laisser l’occasion d’en faire l’essai ?»
Maximilien: «À l’heure présente, il me semble toutefois que les risques d’échec demeurent supérieurs aux chances de succès.»
A: «Tu es d’une rigueur excessive. Il existe peu, en ce monde, d’entreprise dont le succès soit garanti d’avance.»
«Chaque fleur a sa saison. Si l’on laisse passer l’heure d’éclore, la même floraison ne revient guère. Ce projet a sans doute ses lacunes ; mais elles sont de celles qu’on peut combler. J’estime toutefois qu’il faut surtout retenir ceci : nous venons d’être touchés par les saisons d’un pays lointain.»
«Le peuple de Valdor ignore encore presque tout du pays de cette demoiselle. Dès lors, comme première image offerte à leur curiosité, celle-ci me paraît pleine de grâce et fort heureuse. Si l’entreprise réussit, elle pourra montrer quelque chose de la valeur qu’il y a à ce qu’elle nous soit venue, non de France, mais d’un ailleurs plus lointain. Ce serait un bon prélude à l’hiver. Et, par bonheur, ceux qui peuvent utilement servir son projet sont déjà réunis. Pour ma part, je vois mal circonstance mieux disposée.»
M: «Mais—,»
A: «Or, je n’ai jamais parlé de la laisser agir à sa guise. Si j’accorde mon consentement, il ira avec des conditions. Cela va de soi.»
[...]
A: «Y vois-tu encore matière à objection ?»
M: «Je demeure préoccupé par l’insuffisance des préparatifs. Dès lors que cette affaire s’inscrit dans un dessein plus vaste, un échec n’engagerait pas Maïka seule.»
A: «Je le sais. C’est précisément pour cela que nous sommes là. On ne demande pas à une jeune pousse de porter fruit dès la première saison. Il t’appartiendra donc de la mener au succès.»
M: «D’accord.»




