38 ふたりのアントワーヌ
「信じられないけど、本当にこの一本で留めているのね」
カトリーヌのリクエストで、自作のかんざしで髪をまとめた。
「私でも出来るかしら?」
カトリーヌもこの前作ったかんざしで、髪をまとめようと奮闘していると、ささっと彼女の侍女さんが来て、ぱっとまとめてくれた。
「それで、これを引き抜くのよね」
2人で合わせて、かんざしを引き抜いた。
私の髪がばざっと落ちる。
一方で、ウェーブの強いカトリーヌの髪の毛はそこまで勢いよくとはいかない。
「デモンストレーションに、このバサっていうのは必要だと思うの。初めて見た時、衝撃的だったもの。」
侍女さんに髪をとかされながら、カトリーヌが言った。
「でも、つける所も捨てがたいわ。」
「だったら、ふたつとも見せればいいじゃないですか。他につけ方はないんですか?」
アントワーヌが痛いところをつく。
「私はこれしか覚えていなくて。」
「ひとつで十分よ。流行ったら、誰かが勝手にアレンジし出すんだから。それよりも、どうしたら自然につけたり、外したり出来るのかしら。アントワーヌはどうでしょう?」
「そうですね。自分で外したものを再び着けるのは不自然です。外したら、別の人が受け取って着ける方がいいでしょう。そこに象徴的な意味を持たせるとさらに演出としてよろしいのではないでしょうか。」
アントワーヌは聞かれたから答えた感じだが、普通にいい案を出してきた。いつも、明後日の方向な答えとは限らないのか。
感心したのも束の間、カトリーヌが思いついたのか、堰を切ったように話してくる。ただ、話し方は幾分ゆったりで、簡単な言葉を選んでくれている。こういう小さい気遣いが心に染みる。
「舞花の故郷がヴァルドールの人にかんざしを渡すのがいいと思うの。これって、私たちへのプレゼントのようなものでしょ。」
「そのためには、衣装で違いを見せるのが一番だと思うのだけれど、舞花の国の衣装は、私たちのものと似ている?」
「とてもいい考えね。そもそもかんざしは、私の国の伝統的な衣装用のものなの。」
着物はドレスとはシルエットが全く違う。おしゃれ好きなカトリーヌまでアントワーヌと一緒になって質問が止まらない。二人のアントワーヌを前にたじたじになりながら、着物の説明をしなければならなかった。
「舞花は着物の作り方って知っている?」
「簡単なものならば、何となく。」
私は頭に浴衣を浮かべながら、答えた。
「じゃあ、出来そうなら、作ってもらいましょう。こんなエキゾチックで美しい装い、誰もがびっくりするわよ。」
「日にちが迫っているけど、そんなこと出来るの?」
「マノンの工房の縫い子さんたちは腕が立つから、きっと大丈夫よ。でも、彼女たちの負担を減らすためにも、色とか柄とかも今考えてしまいましょう。」
こうして、着物のデザイン案を考え始めた。
正直、和装に詳しいわけではない。定番の色合わせもあると思う。というか、私のこんな薄っぺらい知識が日本を代表していいのか。絶対誰かに怒られる。
って、怒ってくれる人はいないのか――。
「舞花?」
急に動きを止めた私をカトリーヌが心配そうにのぞきこむ。
「ごめんなさい。色を考えていたの。」
一気に飲み込まれそうになった、闇を押し込めて、私は再び色とりどりの花の世界へと戻ってきた。色合いだって、私が思うものでいくしかない。
「春は桃色の着物に、黄緑色の帯っていうのはどうかしら。」
カトリーヌに意見をもらいながら、色を決めていった。
「普通なら、デモンストレーションって、どんなものなの?」
「ん?舞花、秋のサロンにはデモンストレーションなんてないわよ。」
「え?でも、侯爵はそんなこと…」
「面白いと思ったんでしょう。サロンは作品の展示会よ。だから、作品を設置したら、それでお終い。そこで何かパフォーマンスをするなんて、考えもしなかったわ。」
「じゃあ、これって大丈夫なの?」
「侯爵の許可が出ているから、大丈夫なようにするんだと思うわ。」
一抹の不安がよぎる。
大丈夫なのか――。
しかし、もう立ち止まっている時間はない。
デモンストレーションの方向性がよいのか確認を取らなくては。
気が進まないものの、アントワーヌにお願いして、こういう時一番に立ちはだかる御方のところに向かった。
「Entrez. Que se passe-t-il ?」
(入りなさい。何かあったのか?)
マキシミリアンが舞花とアントワーヌを自宅の執務室に招き入れた。
「Il n’y a pas de problème. Je veux vérifier la démonstration.」
(問題はないです。デモンストレーションの確認をしたいです。)
マキシミリアンが怪訝そうな顔をして、視線でアントワーヌに説明を求めた。
「Cela ne me paraît pas mauvais.」
(悪くないようだな)
報告を聞いたマキシミリアンの眉間からしわがなくなった。
話が切れたタイミングで恐る恐る尋ねた。
「Nous pouvons vraiment faire la démonstration?」
(私たちは本当にデモンストレーションを出来るんですか)
「Pour l’instant, je m’emploie à ce qu’elle ait lieu lors du vernissage. Alors, est-ce réalisable ?」
(オープニングのパフォーマンスとして出来るように調整中だ。それで、出来そうなのか)
「Nous le saurons demain.」
(明日わかるでしょう)
相変わらず、私が質問をしても、アントワーヌに確認を取るのが気に食わない。ともかく、アントワーヌの反応からして、答えはYesのようだ。むしろ、コンセプトに関してはいい反応をしていた。太鼓判を押されたと思っていいのだろうか。珍しく晴れやかな気持ちで、執務室を後にした。
明日の会議に向けて、もうひと頑張りだ。
こうやって書いていると、もう舞花はフランス語が話せるような気がしてしまいますが、まだまだ大したことは話せません。ただ毎日聞いているので、話の内容を大まかにつかむくらいは出来るようになっています。でも細かいところは全くです。
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