31 2回なのか4回なのか それが問題だ
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*部分は、本来はフランス語で交わされている会話です。
下に原文も載せていますので、雰囲気もあわせて楽しんでいただければ嬉しいです。
お茶会の翌日、早速カトリーヌから正式に招待が届いた。そして、その日の段取りをエレオノールと一緒に確認する。
友だちの家に遊びに行くのに、手紙を出して家同士で段取りを決める。その手間に、この世界の不自由さを改めて思い知る。 せめて移動だけでも自由にしたい。この世界でも何か手段はないのだろうか。今まで、この邸宅に引きこもっていたから、外に出ようとも思っていなかったので、考えたことすらなかった。友だち付き合いが始まるならば、本格的に考えなくては――。
「Amusez-vous bien.」
(楽しんできてね)
エレオノールが気持ちよく送り出してくれた。一方で、午後の日本語の授業を潰されたアントワーヌは、何度か外出を阻止しようとしてきた。そのせいで、次の日の授業では、動詞の活用テストがある。私の嫌がることをきちんと理解しているところが憎い。本当によくわかっていらっしゃる。
ただ、つまみ細工の手順を説明するフランス語を一緒に考えてくれたのには感謝している。
つまむ、折る、返す、貼る――。
知っている動詞で説明するには限界だったので、助かった。英語は熟語が多くて、似たり寄ったりで覚えるのがしんどかったけれど、フランス語はそれぞれ動詞があるから、まだ有難い。
そして、代名詞も導入した。英語だったら人以外すべてitで済むのに、フランス語は男性形のものはle、女性形のものはla、複数ならはlesを使うらしい。場所は動詞の前で日本語と似ている。
Je colle un pétale(花びらを貼る)はJe le colle(それを貼る)となる。
さらに、順番を示す接続詞も教えてもらった。おかげで説明が一気にわかりやすくなる。
カンペも用意し、一番心配だったところの対策はバッチリだ。
カトリーヌのお屋敷に着くと、すでにクレモンスも到着していた。子供たちだけだからか、前回よりもラフな格好をしていた。さらに、新しい人もいる。手紙によると、カトリーヌの親友で、大商家の娘のマノンだ。馬車を降りると、皆で出迎えをしてくれた。
「Bonjour.」
まずは、主催のカトリーヌがこっちにやってきて、私の肩をふわっとつかみ、頬を寄せてくる。いわゆる「ビズ」という挨拶だ。
この日のために、ジョゼットと練習してきた。実はこの挨拶、キスでなく、頬をくっつけて、軽く音を立てるだけだった。教えてもらわなかったら、危うく、ほっぺにチューをして、顔から火を出すところだった。無事、キス魔を回避である。
カトリーヌと左右1回ずつし、ビズをした。そして、クレモンス。彼女は顔だけを近づけるあっさりしたものだった。右、左とビズをして、離れようと思ったら――
また、頬が近づいてきた?
ぎこちなさに拍車をかけつつ、
空気を読んで、合わせて動く。
右に
左に
恐る恐る合わせる。
なんと、もう1セット追加だった。
多い。
挨拶終わりに、驚いた顔をしていると、初対面のマノンが、気づいてフォローしてくれた。
「クレモンスの家はビズが4回なのよ。2回の家の方が多いけどね。ちなみに、我が家は2回よ。」*1
「Maïka, c’est Manon. Manon, c’est Maïka.」
カトリーヌの紹介が入って、初対面のマノンとのビズはつつがなく終わった。
「Et pour se parler, on peut se tutoyer ?」
(話すのは、tuでいいかしら)
tu で話すことの確認がささっと取られた。何とも効率が良く、やりやすい人なんだろう。きっと仕事ができる人なのだろう、と勝手に思った。
こうして、やっと挨拶が終了。
誰が2回とか4回とか記憶しておくべきなのだろうか。知らなかったら、どうするんだろうか。ボーモン家は何派なのだろうか。ひとまず、この場では心の中にしまっておくことにした。
そして、私たちは客間に通された。私たち用に円卓がひとつ。さらにカトリーヌ家の手が器用な侍女とマノンの家の人、そしてジョゼットも隣のテーブルについて、一緒に作成する。
転移後――いや、人生で初めてのかんざしワークショップが始まった。
テーブルの上にはすでに準備が整っていた。
布やリボン、丸く切った厚紙、ビーズ、はさみ、接着剤、細い棒。
必要なものが長方形の皿の上に整然と並べられている。
椅子が私の席の周りに集められた。
「Ça suffit ? Si tout est prêt, montre-nous comment on fait.」
(これで十分かしら?大丈夫ならば、さっそくどうやるか見せてくちょうだい)
マノンがすっと椅子に腰かけながら、こちらを見た。やっぱり、できる人だ。クレモンスは紙とペンを用意していた。
「Moi, je note les étapes pour le refaire plus tard.」
(私は、後で作れるように、工程を記録するわね)
そして、カトリーヌはすでに身を乗り出している。
「Commençons!」(始めましょう)
三者三様すぎる人たちを前に、私は説明し始めた。
「D’abord, on coupe le tissu comme ça.」
(まずは、布をこんな風に切ります。)
「Ensuite, on le plie trois fois comme ça, puis on colle le bout.」
(次にこんな風に3回折り、そしたら先っぽをくっつけます)
「Voilà, c’est un pétale.」(はい、花びらです)
黙々と残りの5枚の花びらも作っていく。
「Enfin, on colle les pétales. C’est tout.」
(最後に、花びらを貼っていきます。これでおしまいです)
絵にかいたような花が出来上がった。
「C’est magnifique!」
カトリーヌの感嘆の一声が静かな客間に響き、沈黙を破った。
「Le ruban est devenu une petite fleur.」
(リボンが小さな花になったわ)
そして、各自作業に入った。
***
「C’est fait, mais… ce n’est pas tout à fait pareil...」
(出来たけど、なんか違う)
意外と器用にやっていた、カトリーヌが首をひねる。
「Parce que les bords ne sont pas bien. Il faut les tenir plus fort.」
(端がだめだからだね。もっとしっかり押さえないと)
「Comme ça ?」(こんな感じかしら)
マノンはすでに花を形作るところまでいっていた。
「Il vaut mieux tenir ici, Catherine. Comme ça, la forme reste plus stable.」
(ここを押さえた方が形が崩れにくいわよ、カトリーヌ)
マノンが、新しい花びらにとりかかっていたカトリーヌの手元をそっと整える。
「Ah, c’est vrai. Merci, Manon.」
「J’en fais encore un !」(もう一個やるわ!)
カトリーヌの目が、さらに輝き始めた。
一方、苦戦しているのがクレモンスだ。
「La structure est pourtant simple…」
(構造は単純なのに...)
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、がんばっているが、押さえても押さえても手から布が逃げてしまい、なかなか接着剤までたどり着いていない。
クレモンスがやっと一輪完成させたところで、いったん休憩となった。
***
「これって、ブドウの時とは少し形が違うわよね。アレンジがあるっていうことかしら。」
クレモンスの鋭い指摘が入った。
「いくつか花びらの作り方があるし、花びらの貼り方も色々あるわ。」
「色と形を変えられるならば、かなりのバリエーションが作れそうね。」
マノンが、多分そろばんをはじいている。
「それって素敵!もっと作りましょう。」
***
一人で作ったときよりも、
ずっとにぎやかで、
ずっと楽しい。
もっと大きく、もっと素敵なものが
今度はみんなで作れそうな気がした。
*1 «Chez Clémence, on fait quatre bises. Mais dans la plupart des familles, c’est deux. Chez nous, par exemple, c’est deux aussi.»
***のパート
« Celui-ci a une forme un peu différente de celle des raisins, n’est-ce pas ? Il y a donc plusieurs variantes ? »
« Oui, il y a plusieurs façons pour les pétales, et plusieurs façons pour coller. »
« Si on peut changer les couleurs et les formes, on pourra créer beaucoup de variations. »
« C’est merveilleux ! Faisons-en encore d’autres ! »




