30 ブドウより団子
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外部の人を招いたお茶会は、現地集合ではないらしい。屋敷に住んでいるのに、待合室に通される。いつもは通り過ぎるだけの部屋で、待つのは新鮮な気がする。
そこにはすでに、1組の母娘が控えており、挨拶をしながら自己紹介をした。伯爵夫人と、娘さんのカトリーヌだ。20才だというカトリーヌは、高位貴族にしては屈託のない笑顔で、挨拶をしてくれた。山吹色をベースにコーディネートされている。
その後に、何か色々と話しかけてくれたのだが、テンション高く早口で、知らない単語を並べられて、全く理解できない。多分、お世辞か何かだろう。話しやすそうな、人懐っこい人だ。
そこに、エレオノールと別の母娘のペアが入ってきて、正式な顔合わせとなった。もうひとりの娘さんは、クレモンスといった。同じ22歳で、こちらは落ち着いた紫ベースの装いだった。カトリーヌとはすでに知り合いのようで、頬を合わせる挨拶を行っている。
友達になったら、自分もするのだろうか――。
でも、右から?左から?手はどうするの?
馴染みがなさすぎて、出来る気がしない。
今日の準備は髪飾りだけではない。
授業の方でも仕込みをしてきた。
pouvoir (できる)と vouloir (したい)の使い方と活用である。
Est-ce que vous pouvez 〜 ?(〜できますか)
Est-ce que vous voulez 〜 ?(〜やりたいですか)
――これはもう聞き慣れていた。
だが、他の活用は知らなかった。
Je peux 動詞の原形(〜できる)
Je veux 動詞の原形(〜したい)
原形も、je の時も、vousの時も、形や音がかなり違う。
でも、続く語を活用しなくていいのは嬉しい。
きっと髪飾りの説明やお茶会会話に使えるだろう。初対面の本物のお茶会の緊張を前に、頼りになるのかならないのか分からない拠り所に必死にしがみついていた。
お茶会会場はおととい来た時よりも一段と仕上がっていた。テーブルにはダリアをメインにした小さな花カゴも置かれ、華やかさが加わっていた。カトリーヌとクレモンスと私は、エレオノールに促され、同じテーブルに着いた。
お茶が注がれ、
おしゃべりが始まる。
最初の話題は「La récolte」のコーディネートについてだった。
私は、試験で使ったフレーズを駆使する。
「J’aime bien votre robe. Qu’est-ce que c’est, ce motif? 」
(あなたのワンピースが好きです。それは何の模様ですか?)
「Votre écharpe marron va bien avec votre robe jaune.」
(あなたの茶色いスカーフが、黄色のワンピースと合っていますね)
大したことは言えないけれど、うそも言っていない。
ふたりともよく似合っている。
そして、話はかんざしに移っていった。カトリーヌが切り出す。
「Alors, ton accessoire, c’est une grappe de raisin ?」
(さて、あなたの髪飾りだけど、葡萄の房かしら?)
「Oui, c’est un raisin.」(そうです。葡萄なんです)
「Montre-le-moi, s’il te plaît.」(お願い、みせて)
多分、後ろを向いて見せてくれ、ということだったのだろう。でも、せっかく頑張って作ったものだから、ちゃんと見てほしいと思って、髪からかんざしを引き抜いた。
そして、押さえていたものがなくなった長い髪が、
バサッと落ちた。
カトリーヌが目を開いて固まっている。
クレモンスもだ。
差し出されたかんざしは、受取人不在で、静かに揺れている。
何かまずいことをしただろか。
髪の毛をバサッは下品だったのだろうか。
面倒くさがらずに、ゴムとピンで固定しておけば良かった――
「C’est magnifique !! Incroyable !!」
(すばらしい!信じられない!)
沈黙を破ったのは、カトリーヌだった。
「Comment as-tu attaché tes cheveux ?」
(どうやって髪をとめているの)
前のめりになって、褒めてくれる。
「C’est une seule baguette qui tient tous tes cheveux ?!」
(たった一本の棒で全ての髪を支えているの)
クレモンスも乗ってきた。
どうやら、かんざしそのもの以上に、それで髪をまとめていることの方が、衝撃だったらしい。よい驚きだったことに安堵しつつ、言葉を探す。
「えっと……」
どう説明すればいいのだろうか。ひとまず、ゆっくりとやってみることにする。髪をかんざしに巻き付け、ぐるっと巻き込み、ぐさっと差し込む。すると、髪が綺麗にまとまる。
フランス語で、お団子ヘアーをシニョン(le chignon)というらしい、2人から美しいシニョンだと褒められた。
「Comment ça marche ?」
(どうなっているの)
クレモンスが何回も聞いてくれたけど、私もよく分かっていないので、「Je ne sais pas.(わからない)」と言うしかなかった。
「Ce n’est pas difficile. Vous pouvez faire ça.」
(難しくないんです。あなた方でも出来ますよ)
「Non, ce n’est pas possible.」
(いいえ、ありえないわ)
そもそも自分で髪をまとめることも、やらないらしい。生粋のお嬢様だ。だから、他の人の手を借りずに、簡単そうにまとめてしなうこと自体、すごいことらしい。加えて、ピンや整髪料も使ってない。
「C’est une baguette magique.」
(魔法の杖ね)
カトリーヌは目をキラキラさせて、今度はかんざし自体を観察し始めた。
「Où l’as-tu achetée ? 」
(どこで購入したの)
「Je fais ça.」
(私が作りました)
「C’est toi qui l’as fait ?!」
(あなたが作ったの)
手作りという事実を聞いて、カトリーヌの目の輝きが増した。一方で、クレモンスは顔が少し曇り、少し声を抑えて恐る恐る尋ねてきた。
「Pourquoi l’as-tu fait toi-même ?」
(どうして、自分で作ったのかしら)
「Tu n’avais pas les moyens d'acheter quelque chose?」
(何か購入する手立てがなかったの)
「Moyens ?」
(て...だて...)
さらに声のボリュームを下げ、こっそりと言い直してくれた。
「Tu n’as pas d’argent ?」
(お金がなかったの)
お金のことを直接話すのは、やっぱりタブーなのだろう。気をつけなければ、と心に留めておきながら、クレモンスの優しさを受け止めた。クレモンスは私がボーモン家でいい扱いを受けていないのではと、心配してくれていたのだ。
「Non, non. Parce que je n’ai pas beaucoup de temps et j’aime bien ça.」
(ちがいます。ちがいます。時間がなかったのと、こういうの好きなんです。)
「D’accord. Tu aimes bien faire des accessoires. C’est très bien.」
(分かったわ。アクセサリーを作るのが好きなんですね。とってもいいわ。)
クレモンスも納得してくれた。
そして、ここに来て、小さな違和感の原因に気がついた。カトリーヌもクレモンスも、いつの間にか私にtuを使って話している。
tuとvousの使い分けは「相手との距離感」。
親密な人でないと使えないtu。
つまり、私は「ともだち」――。
こんな分かりにくいことってある?
そんなツッコミが口から出そうになったが、
胸はいっぱいになっていた。
私も
思い切って使ってみる。
「Tu veux savoir comment je fais, Clémence ?」
(クレモンス、どうやって作ったかしりたい)
「Tu veux ça, Catherine ?」
(カトリーヌ、これほしい)
「Ce n’est pas difficile. Nous pouvons faire ça ensemble.」
(難しくないの。一緒につくりましょう)




