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27 アントワーヌの考察 動詞編

前回は主語、しかも「私」で終わってしまった。

人称代名詞を深掘りたい気持ちもあるが、文の構造理解が優先事項だ。


前回は「私は/歩く」

「私は/パンを/食べる」

の2文を学習した。



これに従うと以下のようになると推測される。

「私は走る」

「私は言う」

「私は音楽を聞く」

「私は本を読む」


舞花に確認したところ、全て正しかった。ここまでの日本語学習は雲を掴むようなものだったが、ここに来て、やっと前進があった。


長かった。

やっと、ひとつの法則を見つけたのだ。


......面白い。




しかし、ここで喜んではいけない。

かつて、活用の説明をした時に、舞花に日本語に活用があるかを尋ねたら、ないと言われた。ただ、あの頃は舞花自体、活用が何か分かっていなかったから、そう答えたのかもしれない。今回は、その真偽を確かめなければならない。したがって、主語を変化させて、動詞の活用を確認する。



結果、どれも「私は」から始まる文と同形だった。


活用が、ない?


舞花の解答は真実だったのかーー?

この仮説を確定させるにはサンプル数が少ないが、現在のところ、そのような傾向が強くみられる。



では、否定形はどうなのだろうか。

「私は歩く」→「私は歩かない」

「私はパンを食べる」→「私はパンを食べない」

推測するに「ない」は 「ne-pas」に当たる、否定の記号だ。

そうなると

「歩く」は「歩か/ない」

「食べる」は「食べ/ない」

「く」は「か」になり、「る」が消えた。


活用だ。


否定文になると

動詞が活用される?



活用の存在は確認されたが、何に伴って活用されたのかが不明だ。

舞花に尋ねてみる。

「「く」が、「か」を、かわる。」

「「る」が、きえる」

「Pourquoi ?」


「すごい!アントワーヌ!日本語しゃべれてる!すごいよ!上手だよ!!」

舞花はすごい勢いで喜んでいる。多分、私が日本語で話したからだろう。通じたらしい。でも、答えが返ってこない。




彼女の興奮が収まった頃に、質問をくり返した。

すると、彼女は少し時間をかけて、質問の意図を読みとり、表みたなものをかきはじめた。ただ、時折ペンを止め、考え込んだり、書き損じたりしている。そうして出来たのが、この表だ。


歩 | く

未然形 か(ない)

連用形 き(ます/始める)

終止形 く(。)

連体形 く(人)

仮定形 け(ば)

命令形 け(!)

?形  こ(う)


食 | べる

未然形 べ(ない)

連用形 べ(ます/始める)

終止形 べる(。)

連体形 べる(人)

仮定形 べれ(ば)

命令形 べろ(!)

?形  べよ(う)



さらに、この表の見方を説明してくれる舞花からも、その自信のなさがあふれ出ている。


「Pourquoi est-ce que c’est “?”?」

(どうして?なんですか?)

「J’ai oublié...」

(忘れてしまって...)



覚えていない?

意味がわからない。



覚えていないのに、話すことができる。

表を習得せずとも、運用できる。



それは、可能なのだろうか。

ならば、理解とは何か。



ひとまず、質問しながら活用表に目を通していく。

連用形は、動詞に接続するための形。

だから、「始める」があるのは分かる。


では「ます」は?

「ます」も動詞なのだろうか?

助詞だろうか?

動詞でも助詞でもない、未知の分類だろうか?



舞花に聞いたところ、動詞ではなく、丁寧にする語らしい。

解答が曖昧すぎる。


しかし、それ以上の説明を彼女から引き出すことは出来なかった。

彼女が文法に疎いことが非常に悔やまれる。


動詞でなければ、「ます」は何に分類されるのだ?


助詞なのだろうか?

その場合、彼女が説明した連用形の定義がすでに破綻している。



やっぱり怪しい。

体系化できているようで、出来ていない。




次に、他にパターンがあるのかを尋ねた。

答えは「Peut-être.」(多分)。


やっぱり、舞花は日本語の動詞の活用を分かっていない――。

活用できても把握していない。



では、活用したい動詞が上のパターンと下のパターンのどちらかなのかを判別する方法を聞いた。


「~ない」に接続する際に、どの母音を使っているかで判別するらしい、

ということを、舞花は数分かけて必死に思い出してくれた。



この答えが分かっているということは、

彼女は動詞の活用を勉強してはいるようだ。

つまり、知識は書くのに不要なのだろうか?



それにしてもこの判別法。

これは「~ない」に接続する形が分かっている前提の分類である。


もしこの説明が正しいのならば、私のように知らない人は、活用がどのパターンかさえも推測できない。


なんと、学習者泣かせの言語なのだろうか。




ひとまず、他の語で活用も尋ねてみる。


読 | む

未然形 ま(ない)

連用形 み(ます/始める)

終止形 む(。)

連体形 む(人)

仮定形 め(ば)

命令形 め(!)

?形  も(う)


つまり子音は従来のものを維持しながら、母音部分のみを変化させていくということみたいだ。


自分でも試みてみる。


言 | う

未然形 あ(ない)

連用形 い(ます/始める)

終止形 う(。)

連体形 う(人)

仮定形 え(ば)

命令形 え(!)

?形  お(う)


すると、未然形の部分のみ「わ」と直された。

日本語にワ行はワとヲ以外に存在しないのではないのか。

それでも百歩譲ってワ行の活用だとしても、

どうして「を」でなく「お」になるのだろうか。


やはり、解せない。




それにしても、この活用は私の活用の概念を大きく揺るがすものだ。

フランス語は動詞の活用によって、その動詞が従属する主語が明確になる。

一方、日本語は活用によって、その直後にどんな語がくるのか予測できるということだろう。


逆にいえば、次の語を決定しない限り、活用することができない。



主語の選択

次の語の決定


どうして日本語はこんなにも使い手に選択を迫ってくるのか――?



使い手が能動性が求められる言語。

それなのに体系が見えてこない。

使い手は体系を知らずとも運用出来る。



「Pourquoi?」(どうして?)

何度、舞花に尋ねても、答えてもらえない問いかけ。

でも、問わずにはいられない。


そして、その答えを知るものはいない。


外国語を話すというのは、

こんなに母国語を話すのとは、異なる体験なのだろうか――。




分かった気に全くさせてくれない日本語。

それでも、学習者に選択を求めてくる日本語。


分からなくても

知らなくても

運用できる日本語。



言語とは一体何なのだろうか――。


かつての私はこの問いに答えられただろう。

しかし、今の私には、その問いに答えることができない。


常識が日本語によって、次々と破り捨てられていく。


果たして、私が再びこの問いに答えられる日はくるのだろうか。

いや、答えられると思う日がくるのだろうか。


それでいい。

それがいい。


もっと知りたい。

それだけだ。

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