23 その「e」の重み
***で囲まれた部分は、本来はフランス語で交わされている会話です。
下に原文も載せていますので、雰囲気もあわせて楽しんでいただければ嬉しいです。
「Asseyez-vous.」(座ってください)
そこで、試験の不合格理由について詳しく聞いた。
Je suis Japonaise. と言ったつもりが、緊張してJe suis Japonais. になっていたらしい。男性形と女性形の問題だ。「ジャポネ―ズ」と「ジャポネーゼ」の違い。そんなに大事なこととは思えない。
「C’est grave?」(重大ですか?)
単純な興味から聞いてみる。
「Ça dépend des situations. Par exemple,...」
(状況によりますね。例えば、)
「 Maïka, vous êtes jolie.」(舞花、きれいです。)
「Merci.」
「Maïka, vous êtes beau.」(舞花、きれいです。)
「Merci.」
一瞬、間が空いた。何かおかしいことでもあっただろうか?
***
「いや、だめです。」
アントワーヌが首を横に振る。
「もし女性にそう言えば、多くの人は一瞬、言葉の意味を考えてしまいます。自分に向けられたものではないのではないかと、後ろを振り返る者もいるでしょうし、聞き間違いだと思って流す者もいるでしょう。なぜなら、女性には “vous êtes belle” と言うべきなんです。」
「一度なら、問題にならないかもしれません。しかし、それが二度、三度と続けば、上流社会では“教養のない人物”と判断されてしまいます。」
静かな口調だったが、その言葉は重かった。
「名詞に性のない言語の出身である貴女にとっては、大した違いではないかもしれません。ですが、我々にとっては当たり前のことです。だからこそ、その誤りは、非常に目立ちます。」
図星だった。
「最初に出した joli も同じです。綴りは変わりますが、発音は変わりません。ですが、beau と belle のように、音そのものが変わるものは違います。eがつくだけのものが多く、紙の上では、小さな違いに見えるかもしれませんが、音ではまったく別の言葉になってしまう。」
「だから、注意が必要です。」
アントワーヌは、そこで一度区切った。
「まずは、そこから練習していきましょう。」
***
Le garçon est petit. Et la fille?
La fille est petit.
Non.
Petite.
La fille est petite.
Le garçon est grand. Et la fille?
La fille est grande.
Le pantalon est vert. Et la robe?
La robe est verte.
Le gilet est blanc. Et la chemise?
La chemise est blance.
Non. La chemise est blanche.
女性形の千本ノックが始まった。
数をこなしたおかげで、少し規則性も見えてきた。active と actif のように、英語で -ive で終わる単語は女性形で、男性形は -if で終わることが多いらしい。フランス語と英語、どちらがどちらに影響したのかは分からないが、意外な共通点だ。
やはり気をつけなければいけないのは、大きく違うものよりも、eをつけただけのものだ。頭では分かっているのに、どうしてもつけ忘れてしまう。
そして、「Un bel hôtel」のような罠もある。Hôtelは男性形なのに、母音から始まるからbeauでなくbel。全く理不尽極まりない。
「Par ailleurs,」(さらに)
アントワーヌ先生が付け足し始めた。こういう時はろくなことがない。
Un grand homme / un homme grand
黒板にこう書いた。前にある方が、なんとなく英語っぽい。後ろがフランス語、という感じがする。 というのが私の見解だ。
「Ces deux expressions sont complètement différentes.」
(二つの表現は意味が全く違います)
聞く耳を疑った。
フランス語では一般的な形容詞が後ろパターンの「un homme grand」は「大きい男」。
一方で、形容詞が前にある「Un grand homme」は「偉大な人」となるということだ。
該当する例は多くないけど、間違えると大変なことになるものが多いらしい。
Un ancien ministre / un ministre ancien 元大臣と年老いた大臣
un pauvre homme / un homme pauvre 可哀そうな男と貧しい男
他にも
ma propre chambre / une chambre propre 私自身の部屋ときれいな部屋
なんてものもあった。
こんなもの、言われないと気づけるはずがない。やっぱり言葉を修得するには、理屈だけではダメだ。実践していくしかない。つまり色んな人と話していく必要がある。その中でミスをしながら、直していく。昨夜、私がたどりついた結論がこれだった。
これを実行するために、授業の後で、私はアントワーヌ先生にあるお願いをした。
*** フランス語の部分
« Non, ce n’est pas correct. »
« Si vous dites cela à une femme, beaucoup de gens vont hésiter un instant. Certains vont se demander si cela leur est bien destiné. D’autres penseront avoir mal entendu. Parce qu’à une femme, on dit : “vous êtes belle”. »
« Une fois, cela peut passer. Mais si cela se répète, deux fois, trois fois… dans certains milieux, on vous considérera comme quelqu’un qui manque de formation. »
« Pour vous, dont la langue ne marque pas le genre, la différence peut sembler mineure. Mais pour nous, elle va de soi. C’est justement pour cela que l’erreur se remarque immédiatement. »
« C’est la même chose avec “joli”. L’orthographe change, mais pas la prononciation. En revanche, avec “beau” et “belle”, le son change complètement. Très souvent, il suffit d’ajouter un “e”. Sur le papier, cela paraît minime… mais à l’oral, ce sont des mots différents. »
« Il faut donc être attentif. »
« Nous allons commencer par cela. »




