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22 私の責任です

***で囲まれた部分は、本来はフランス語で交わされている会話です。


下に原文も載せていますので、雰囲気もあわせて楽しんでいただければ嬉しいです。

 私は鼻息荒く、勉強部屋へと向かっていた。

 試験の結果自体には不満はない。自分の実力不足が招いた結果だ。昨晩ずっと何が足りなかったのか考えていた――。


 でも考えれば、考えるほど、その原因がわかっている男に対する怒りがこみ上げてくる。

 どうして足りないところを、「私の」足りないところを、目の前にいた私に告げないのだろう。理解できないとでも思っているのだろうか。いや、確かに聞いても理解できなかった。でも、その言葉は私に向かって投げられたものではない。彼が私に対して話そうとしたら、別の言葉となり、少しは分かったかもしれない。


 だからこそ、見返してやりたかった。

 次は、私の方に振り向かせてみせる。


 そのために、まずアントワーヌ先生に、昨日の講評を聞いて、弱点を正確に把握しなければならない。



 部屋の扉を開けると、すでに先生は来ていた。部屋の中には朝には似つかわない澱んだ空気がこもり、雨戸も閉まったまま、卓上のランプだけがぼんやりと部屋を照らしていた。日仏単語帳やひらがな表を机いっぱいに広げて、ブツブツ言っている。


 多分、徹夜だ。

 仕上がっている。


 今回は何が先生の尻に火を点けたのかわからないが、授業を始めるために、私は窓に近づいた。



 朝日と澄んだ空気を受けて、先生は私の存在に気づいたらしい。先生は私の前に立った。


「Bien que vous appreniez le français depuis trois mois, vous avez fait beaucoup de progrès. Vraiment. C'est un travail remarquable. Hier, vous avez échoué l'examen oral. Mais ce n'est pas votre faute. C'est la mienne. Ce n’est pas grave. 」

(あなたはフランス語を始めて3か月ですが、すごく上達しました。本当に。それは素晴らしいことです。昨日、口頭試験に失敗してしまいましたが、それはあなたのせいではありません。私のせいです。気にすることはありません。)


 多分、誉められた。そして、昨日のことは、私のせいじゃ...ない...?


「L’échec hier... n’est pas... ma faute?」

(昨日の失敗は...私のせいじゃない?)

「Évidemment. Ce n’est pas...」

(もちろん。それは...)


「はっ?先生も私のことを子ども扱いしているの。」

「あの試験は誰でもない、私が受けたんだよ。その結果が不合格で、それが私のせいでないなんて、意味がわからない。明らかに私の実力不足でしょう。何が目的かわからないけど、私がフランス語が話せる必要があるんでしょ。そのためにつきっきりで付き合っていもらっていることには感謝している。でも、それで結果を出せていないことは先生の責任ではない。私の責任だよ。」


 通じているとは思わない。でも我慢が出来なかった。



「Calmez-vous.」(落ち着いてください)


 アントワーヌが動揺している。さらに、私が大きな声を出したからだろう、マキシミリアンが部屋に入ってきて、アントワーヌに視線を投げて状況確認をしようとしている。それが私の怒りに火を注いだ。


「だいたい、あなたたちにとって私はなに?私がしゃべるたびに、顔をしかめて。言葉の分からない頭の悪い人間だと思っているの。」


 言葉と涙が勝手にあふれ出てくる。


 言葉が途切れたところで、アントワーヌが優しい口調で話しかけてきた。

「Malheureusement, je ne comprends pas ce que vous avez dit. Mais je veux comprendre. Prenez votre temps et racontez-moi ce que vous pensez.」

(残念なことに、あなたの言ったことはわかりません。でも、分かりたいのです。落ち着いて、何を思っているのか教えてください。)


「L’examen hier, c’est mon examen, donc l’échec est ma faute... Ce n’est pas votre faute. C’est ma faute. Vous devez dire les erreurs à moi.」

(昨日テスト、あれは私のテスト。だから、失敗はわたしのせい…。あなた達のせいではない。わたしのせいです。あなた達は、エラーを言わなければいけない、私に。)



 多分、文法とかめちゃくちゃだったと思う。でも、一番言いたいことを伝えた。それに応えてくれたのは、意外にもマキシミリアンだった。真っすぐこちらを見つめ、静かに話しかけてくる。


 ***


「貴女の言う通りだ。我々の態度には、貴女の努力、そして貴女自身に対する敬意が欠けていた。」


「貴女から見たら、今回の結果は自分自身の問題と感じるだろう。しかし、この件はヴァルドールにとって極めて重要なプロジェクトの一部としてとして進められている。そして、その遂行は我々に委ねられている。そうである以上、貴女のフランス語習得もまた、我々の責任の範囲に含まれる。」


「貴女がここにいるのは、この計画の一環だ。それを自ら望んだわけではないまま関わることになった。その結果、貴女の生活は大きく変わってしまった。それは事実だ。だが、この状況を変えることはできない。この計画は、必ず成し遂げなければならない。そして、その一端は貴女にかかっている。」


「貴女がこれから生きていくのは、言葉が重みを持つ社会だ。その中では、言葉は人を守りもするし、傷つけもする。先日の“vous”と“tu”の使い分けの誤りは、相手によっては重大な結果を招きかねない。」


「だからこそ、フランス語を学ぶことは単なる必要ではない。それは、貴女自身を守るための手段でもある。よく覚えておくように。」


「十日後、口頭試験を再度行う。まずは、それに備えなさい。」


 ***


 始めて、この男に投げかけられた言葉は、全くこちらの理解力などを度外視した、長々とした説明だった。分からないなりに、懸命に耳を傾けて、言葉を拾い、想像して、ほんの少しだけ分かった。彼らは、私には想像もつかないような大きな目的のために動いているということ。フランス語を学ぶことが、私を守る手段なのだということ。そして、この男がそれに対して真摯に取り組んでいること。


 全て分かったわけではない。

 納得したわけでもはない。


 それでも、私の中で爆発した怒りは、この長い話を聞いているうちに、いつの間にか霧散していた。


「Maïka... c’est difficile. Mais vous allez vous habituer. Maintenant, nous allons continuer.」

(舞花、難しいですよね。でも、そのうち慣れますよ。さあ、続けましょう)


 アントワーヌ先生の、どこかズレた結びでこの話はお開きになった。


「Asseyez-vous.」

 そして、普段通りの授業が始まった。


***のフランス語

« Vous avez raison. Nous n’avons pas fait preuve du respect dû à votre travail… ni à votre personne. »

« De votre point de vue, cet échec vous appartient. Cependant, cette affaire fait partie d’un projet d’une grande importance pour Valdore. Ce projet est en cours, et son accomplissement nous a été confié. À ce titre, votre apprentissage du français relève de notre responsabilité. »

« Votre présence ici s’inscrit dans ce projet. Vous y avez été impliquée sans l’avoir choisi. Cela a bouleversé votre vie. C’est un fait. Mais cette situation ne peut pas être changée. Ce projet doit aboutir. Et, en partie, il dépend de vous. »

« Vous allez vivre dans une société où les mots ont du poids. Dans ce milieu, ils peuvent protéger… ou détruire. L’erreur que vous avez commise l’autre jour — entre “vous” et “tu” — pourrait avoir des conséquences graves. »

« C’est pourquoi apprendre le français n’est pas seulement nécessaire. C’est aussi une manière de vous protéger. Vous devez vous en souvenir. »


« Dans dix jours, vous repasserez une épreuve orale. Préparez-vous en conséquence. »

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