21 アントワーヌの内省
***で囲まれた部分は、本来はフランス語で交わされている会話です。
下に原文も載せていますので、雰囲気もあわせて楽しんでいただければ嬉しいです。
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「アントワーヌ」
「意思は伝えられている。それ自体は評価できる。ただ、その水準では社交の場では通用しない。基本的な誤りもまだ目立つ。性の一致や冠詞、いくつかの基本的な構文だ。さらに、ためらいが多く、一度言葉が途切れると、自力で立て直すことができていない。 発言は総じて限定的で、表現も単純すぎる上に、不正確だ。実際の場面では、この曖昧さは問題になる。」
「完璧さを求めているわけではない。ただ、状況に応じて、確実に伝わる言葉で話せなければならない。現時点では、まだそこに達していない。」
「10日後に再試験を行う。それまでに、必要な手は打っておけ。」
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舞花は今回の結果にショックを受けたようだ。しかし、マキシミリアンの評価は極めて的確なもので、公平性を欠くわけではない。
舞花に日本語を教授してもらっているが故に、日本語の名詞に性がないことを、私は知っている。だから舞花が「Japonaise」の代わりに、男性形の「Japonais」と言っても、性の一致を忘れただけだと判断できる。だが、その前提知識がないものが、先ほどの舞花の自己紹介を聞けば、女性なのに、わざわざ男性形を使う意図を探らざるを得ない。
舞花のミスには、このように、言語体系の差に起因するミスが多い。しかし、それは我々にとって馴染みのない要因だ。ゆえに、不自然な誤りは、不信感を煽る。よって、厳しいが、看過するわけにはいかない。
しかし、彼女が努力していたことも事実だ。ここ半月ほどで、文が話せるようになっている。マキシミリアンも言っていたが、これは評価に値することだ。まず、この事実を舞花に認知させる必要がある。
その上で、彼女が克服すべき点は大きく2点ある。
ひとつは、知識運用力の向上。現在、彼女は正しい文法知識を身につけ始めている。また彼女の筆記速度とその正確度合いを鑑みると、その理解力は相応に高い。机上では問題なく、既習の文法知識を運用できている。よって、記述ならば今回の試験は合格しただろう。一方、会話となると急激に正確さが失われ、精彩を欠く。今回の面接がいい例だ。文を頭で書いているうちは、まだ足りない。フランス語は音楽だ。くり返しながら、その旋律を身体に染み込ませなければならない。
2点目は、彼女が自信をつけるということだ。彼女に自分の意見を求めたときに、いつもこちらをうかがうような癖がある。もちろん言語的に正しいかを確かめる意味もあるだろうが、自分の考えそのものの正否を、確かめようとしている節がある。
自分の意見に自信がないというのは、フランス語のコミュニケーションにおいて、非常に不利に働く。自分に自信がないものや、そのために言い淀むことがあれば、相手に下に見られてしまう。一番良くないのは、間違いを恐れて何も言わないことだ。意見のない者、もしくは相手に関心がない者だと見なされてしまう。無言よりは、誤りがあったほうが好ましい。
こちらは一朝一夕に変えられるものではない。でも、彼女がこの世界で生きていくためには必要なことだ。
この試験自体は舞花のマキシミリアンに対する失態がきっかけとなり、彼が言い出したときは時期尚早だと思ったが、この時期にやって良かった。お陰で再試験をする余裕がある。
学習する舞花には急かしてしまい申し訳ないが、王家と謁見する前に、最低限の言語能力を確保する必要がある。
そして、その言語能力の習得を一任されているのが、私である。よって、この試験の結果は彼女の責任ではなく、私の責任だ。マキシミリアンもそこは理解している。だから、彼が舞花に苛立ちの矛先を向けることはなかった。甘かった。もっと日本語の特徴を鑑みた演習をすべきなのだろうか。いずれにせよ、手法を改めなければならない。
***パートのフランス語バージョン***
«Antoine,»
« Elle peut se faire comprendre. C’est un point positif. Cependant, son niveau reste insuffisant pour une utilisation sociale appropriée. Elle fait encore des erreurs de base : les accords, les articles, et certaines structures essentielles. Elle hésite fréquemment, et lorsqu’elle perd le fil, elle n’est pas en mesure de se corriger. Ses réponses restent très limitées. Elle utilise des formulations trop simples, souvent imprécises. Dans une situation réelle, ce manque de précision poserait problème. »
« On ne lui demande pas de parler parfaitement. Mais son langage doit être fiable et adapté aux circonstances. À ce stade, ce n’est pas le cas. »
« Dans dix jours, elle repassera une épreuve orale. D’ici là, faites le nécessaire. »




