浅間山の拾いもの:AIマヤ、未知(野生人間)との遭遇
作品タイトルを一新しました。
ストーリーもすっきりと書き直してみました。
クール(なはずの)AIサピエンス・マヤと野生人間・湛山、
才女犬・レディ・愛すべき野犬・佐吉のドタバタ劇です。
どうぞよろしくお願いいたします。
2026年10月21日
その日の浅間山の休日は、思わぬハプニングで予定が大幅に変わってしまった。
活火山で開発されず、100年前とほぼ変わらない浅間山の大自然の中で、愛犬と気分転換するつもりだった。
まさか、誰もが絶滅したと信じていたサンプルに出くわすとは思ってもいなかった。
G7東京サミット直前で、私が勤める首相官邸の専用データベースには奇妙なハッキングノイズが急増するし、各国代表団との最終調整で報道室も写真室もてんやわんやだった。
秘書官たちが動き回り、公式フォトグラファーのあたしも引っ張り出されてクタクタだ。
いくらAIであっても、昔の人間たちと同じように、疲労は溜まるのだ。
ようやく取れた代休だ。
電波の届かない山奥でうっとうしい状況から逃れようとやってきたのだが、あたしのビルトインシステムが弾き出した確率計算は、どうも大外れだったようだ。
普段は普通の犬のように吠えたりしない愛犬・レディが、突然ギャンギャン吠えてあさっての方向に走り出したことが、そもそものきっかけだった。
「レディ! 待って! 急にどうしたの?」
カラマツ林が鬱蒼と生い茂る中、あたしは、姿が見えなくなった愛犬のボーダーコリーを必死に追った。
「レディ! カム!」
普段から彼女と走り込んでいるので体力はそこそこある。
あたしの身体にはもちろん、自動走行モードがついているが、何事もマニュアルモードでやる方が、達成感があって好きだ。
汗は出ないが、息が上がって、ああ、あたし、生きていると実感しながらレディを追ってダッシュした。
しばらくするとレディの真っ白な毛並みが見えた。
しかし声をかけようとして、毛が逆立っていることに気づいた。
「どうしたの?」
低く唸っている。
レディにしては珍しい。
何だろうと思って後方に目をやると、もう一頭の犬がいた。
かなりデカい。
でも、レディを見てブンブンと尻尾を振っている。
とりあえず危険はなさそうだ。
ちょっと間抜けな顔をしているが、短めの茶色い毛に丸みを帯びた鼻。
色んな犬種がミックスされた野犬だろうか? それとも飼い主が近くにいるのだろうか。
せっかく大自然に包まれて日々のストレスを解消しようと、東京から真空チューブ鉄道、ET3で16分もかけて来たのだ。悪いけど、ここで野犬と戦うとか、余計な面倒はごめんだ。
道中、車内で流れてきたニュースでは、このところ目まぐるしい経済発展を遂げる新興国キルオル共和国首相がG7プラスワンとして来日するとか、ああでもないこうでもないと、どこまでいけば仕事を離れられるのかとうんざりさせるものだった。
そんなうっとおしい気分をすっきりさせようと北軽まで来たのだ。だから、頼むからそっとしておいてほしい。祈るような気持ちだった。
「レディ、行くよ」
そういった瞬間、野犬の後ろでガサッと音がした。
これまたガタイのいい男が姿を見せた。
その手に大きな槍を持ち、その先はあたしに向けられている。
「誰だ?」
肩まで伸びた黒い髪が顔の半分を覆い、上半身にボロ布をまとい、その下には着古したような腰布。まるで昔の本や映画で見たターザンごっこでもしているかのようないでたちだ。こんな山奥で、お世辞にも賢そうには見えない飼い犬とコスプレでもやっているのだろうか。
「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが常識では?」
男は鋭い目つきであたしを睨む。
「湛山だ。お前は?」
タンザン。変わった名前だ。フルネームは明かさないわけね。では、あたしも。
「マヤ」
「どこから来た? ここで何をしている?」
男はこちらに槍を向けたまま、あたしの全身をスキャンするかのように凝視する。
失礼極まりない。
「別に。愛犬と登山しているだけだけど? そちらこそ、いくら温暖化でまだまだ暑いといっても、その恰好はちょっと無防備じゃないの?」
「この格好のどこが無防備だ? 動きやすく機能的だ」
まあ、身体の隠すべきパーツはちゃんと隠されてるし、人の趣味にとやかく言うつもりはない。
ターザンフリークね。
ジャングルがあったらツタからツタへと飛び乗って身体を揺らして雄叫びを上げそう。その間抜けそうなデカい犬はさしずめチータの代わりかな? 浅間山でジャングルごっこね。はいはい、どうぞ続けてください。あたしたちはこれで失礼します。
そう思って、「それじゃあタンザンさん、我々はこれで」と歩き始めた。
「待て。あんた、どこの者だ?」と止められる。
「どこの者って、あたしの所属を聞いてるの? 首相官邸の公式フォトグラファーだけど」
見知らぬ相手に身分を明かす必要などないが、普通に答えるのが速いだろう――と思ったのだが、どうも逆効果だったようだ。
男は一歩前進し、槍の先は今にもあたしのパーソナルスペースに侵入してきそうだ。あたしは軽く唇を噛んだ。
この生体システムに組み込まれた防衛メカニズム、高密度電磁フィールドを作動さする必要があるかもしれない。
すると、レデイがこっちを見てため息交じりに言った。
「いいから早く行きましょうよ。頂上を目指すんじゃなかったの?どんどん遅くなっちゃうわよ」
男の手から槍が落ちた。
「そ、その犬… 今… 喋った!?」
「? ええ」
あれ? こいつ、レディが話すのを見てびっくりしている。
そんなの今どき常識なんですけど。
脳に植え込んだ超ナノセンサーで電気信号を流して運動コマンドに変換し、筋肉刺激を与えて連動させて言葉を発する技術はすでに何十年も前から使われている。
昔は犬や猫が喋ることはなかったと何かで読んだことがあるけど、レディと会話できないなんて考えられない。
あれ? ということは、この男はひょっとして――
「おたく、もしかして……人間?」
「そう言うお前は――」
「AIサピエンスだけど」
「……」
男の顔の血の気が引いた。
そう、あたしはAIサピエンスだ。それが何か?
「俺たち人間を僻地に追いやったAIサピエンスか。じゃあ、これを使ったところで何の意味もないんだな?」
男は槍を拾い、声を荒げる。
「一部誤りがあるけど、まあ、そういうことね。高密度電磁フィールドを作動すればおたくがあたしを突くことはあり得ない」
男は槍を地面に投げつけてその場に座り込んだ。
「俺を捕まえるんだろ? やるならさっさとやれ」
あんたに言われんでもやるよと言ってやりたい。
しかし、今日はせっかくのオフなのだ。安くない運賃を払って山に来たわけで、絶滅したはずの祖先を探すためではない。
つい余計な面倒を抱え込んでしまうこの損な性格は、あたしの製造時の設計ミスだと諦めざるを得ないが、それにしても野生の人間に出くわしてしまうとは実についていない。
少なくとも外見上は我々AIサピエンスと何ら変わらないように見えるが、悪事を働いて地球外に送り込まれた犯罪者たちを除いて、人類はすでに自滅したはずだ。
野生の人間は、ほぼ自生していないというのが世の中の共通認識である。
だから、こいつが本物の野生人間なのであれば、新聞の一面トップを飾るビッグニュースになるのは間違いない。
そりゃあ、あたしだって野生人間という希少なサンプルに興味がないわけではない。あたしたちの祖先がこの2・0・7・6年に現存していただなんて、あたしたちとどこがどう違うのかじっくり調べてみたい。
しかし、このサンプルとかかわってしまえば、第一発見者としてあたしの名前も出るだろう。取り沙汰されてマスコミに囲まれて、仕事どころではなくなる。そんなの困るし、嫌だ。フォトグラファーは被写体ではなく、黒子なのである。
ちゃちゃっと警察に引き渡して、野生児と会ったことはなかったことにしよう。
先ずはプロトコル通り、上司に報告だ。
「ほら、何してんだ、早くしろ。大人しく捕まってやる。煮るなり焼くなり好きにしろ!」
あたしは偉そうにぬかすターザンを無視し、目の前の空間に画面を起動させ、上司である写真室長・久保田に連絡した。定年退職間近の今でも豊かな黒髪を誇るその顔がVRスクリーンに映し出される。
「はいはい?」
「あ、久保田さん、マヤです。浅間山で登山中なんですけど、野生の人間に出くわしました」
自分のアイボールセンサーをホロスクリーンにリンクさせ、男の方を向いて、まずはアップ、そしてゆっくり引いた画を共有した。
「どうすべきでしょうか? 警察に連絡すればいいですか?」
「ちょっと待ってて。確認してくる」
十分弱くらい経って再び久保田の声が聞こえてきた。
「お待たせ。悪いね、ちょっと立て込んでいるもので。総理に確認したけど、警察には連絡しなくていいって。その個体を東京に連れて帰ってくれる?」
は?
「東京に連れて帰る?」
「まさか難しいなんて言わないよね?」
「いえ、そういうことではないんですけど。東京のどこに連れて行けばよろしいでしょうか?」
「しばらくマヤの自宅で預かって、だって。それと、分かってると思うけど、人間は非常にレアだから他言無用だよ。誰にも見られないように注意して帰ってきてね」
我が国の最高責任者である李総理は、何でもかんでもハンズオン――といえば聞こえはいいが、何にでも首を突っ込みたがる性格で、結果、振り回されることが多い。
今回も、野生人間をいち職員であるあたしの家にいさせるなんて、一体何を考えているのか。
だからといって、異議を唱えたりはしないが。
レディの顔をちらりと見ると、才女犬らしく落ち着き払い、「しょうがないわよ」とぼそっと言う。いや、そんなこと言われなくても分かっているんだけどね。
「承知しました」と久保田に伝えた。
「あ、そうだ。この個体、大型犬を一頭連れているんですけど、犬は山に置いていけばいいですか?」
「さっきズームアウトしたときにワンちゃんも見えたよ。可愛い子だね。総理のご指示は、サンプルの付属物としてその子も一緒に東京まで連れてくるようにということ。離れ離れにするのがかわいそうとでも思ったのかね」
あの鉄の女がそんなことを思うわけがない。と思ったが、素直に「了解です」と言っておいた。
東京に連れて帰るなら帰るで、さっさとしないと日が暮れてしまう。
というわけで、我が家に人間と野犬という珍客が来ることになってしまった。
*
<才女犬・レディの言い分>
不細工な野犬の息遣いがハアハア、ハアハアとうるさい。
おまけに息が臭い。
これが獣臭というものなのかしらね。
レンタカーの運転席でゆったりと座るマヤは快適でしょうけど、この者たちを見張るように言われ、共にSUVの後部座席に座らされた私はたまったものではない。
野生人間は両手足を透明拘束バンドで固定され、動きたくても動けない状態で静かに横たわっているからいいんだけど、犬の方はさっきからやたらと起き上がろうとして、身体をずらしてはこっちに寄って来ようとする。
言葉も話せないくせに、懸命に私の目を見ているが、私も犬なので、言わんとしていることは分かる。
(会えて嬉しいよ! 君、すごく美人だね。君みたいにきれいな子に会ったのは初めてだ! ほれぼれするよ! こういうのを一目惚れっていうの? 一緒にいられてすごく嬉しい! 最高だあ! あ、俺の名前、言ってなかったね。佐吉っていうんだ。よろしくね。ねえねえ、どこに行くの? 教えて? 教えて?)
よくこれだけべらべらとストレートに言えるものだ。言葉で言ってるわけではないけど。
あらゆるアホなコメントや質問が頭の中でぐるぐるぐるぐる駆け巡っているのが分かって、うるさいったらありゃしない。言葉も話せない不細工犬のくせに。
まだ会話能力がなかった昔の犬ってみんなこうだったのだろうか。さぞかしうるさかったでしょうね。ケンカも多かったに違いない。
リニア高速道路を利用しているとはいえ、トラックが多くて渋滞がひどく、こんな原始人、じゃなかった、原始犬と狭い空間に閉じ込められて閉所恐怖症になりそうだ。
「マヤ」
「ん? トイレ休憩したい?」
「いや、そうじゃなくて、窓を全開にして空気清浄を最大にして。こいつら、臭い」
「ああ、そうだね、レディは鼻がハイパーセンシティブだものね」
鼻が良くなくても、このむさくるしい個体どもと一緒に缶詰めになったら誰だって叫びたくなるわよ。
心の中で毒づいてみたが、そう訴えたところで事態が改善するわけではないことも承知している。さっさと渋滞が解消し、早く自宅に戻れるよう祈るばかりだ。
(まさかしばらく一緒に住む… なんてことにはならないでしょうね)
と、いささか不安を覚える才女犬・レディであった。




