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六十歳、追放されましたが遅すぎることはありません 〜家族に捨てられた私を覚えていたのは、あの子だけでした〜  作者: snow☆rabbit


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第5話 返事が書けない

机の上に、白い紙が何枚も並んでいた。


 どれも、途中で止まっている。


 書き出しだけが並ぶ、未完成の言葉。


 ペンを持つ。


 少しだけ指に力を入れる。


 ——おばあちゃんは元気です


 そう書きかけて、止まる。


 本当に元気なのか。


 そう言い切っていいのか。


 迷いが、すぐに浮かぶ。


 消す。


 また白紙に戻る。


 ——また会いたいです


 それも違う気がした。


 会いたい。


 それは本当だ。


 でも、“会う”ことを選んでいいのか、


 まだ自分の中で決めきれていない。


 紙を裏返す。


 また最初から。


 それを、何度も繰り返す。


 気づけば、机の上には白紙ばかりが増えていた。


 「……難しい顔してるわね」


 声に振り向くと、佐伯が立っていた。


 いつからそこにいたのかわからない。


 「いえ……」


 とっさに紙を隠す。


 でも、すでに見られているのはわかっていた。


 「お手紙?」


 やさしい声。


 責める気配はない。


 少しだけ迷ってから、うなずく。


 「孫からで……」


 それだけ言うと、言葉が詰まる。


 胸の奥が、少し苦しい。


 「返事を書こうと思ってるんですけど」


 続ける。


 「うまく書けなくて」


 自分でも情けないと思う。


 こんなこともできないのかと。


 佐伯は、静かに聞いている。


 急かさず、否定もせず。


 「何を書いていいのか、わからないんです」


 その言葉を出したとき、


 少しだけ楽になる。


 「……書かなくてもいいのよ」


 佐伯が、ふとそう言った。


 思わず顔を上げる。


 「え?」


 「無理に言葉にしなくてもいいの」


 穏やかな声。


 でも、その言葉は予想外だった。


 「大事なのはね」


 ゆっくりと続ける。


 「“何を書くか”じゃなくて、“どう在るか”よ」


 意味を考える。


 すぐには理解できない。


 でも、否定もできない。


 「あなたがどう生きるかが、そのまま返事になるの」


 その一言で、胸の奥が少し動く。


 言葉を並べることよりも、


 もっと大事なものがある。


 そう言われている気がした。


 「……どう生きるか」


 小さく繰り返す。


 佐伯はうなずく。


 「その子がまた来たときに、胸を張って会える自分でいればいいの」


 その言葉で、何かがほどける。


 完璧な返事を書かなくてもいい。


 正しい言葉を探さなくてもいい。


 ただ——


 「……会ってもいいんでしょうか」


 気づけば、そう聞いていた。


 佐伯は迷わなかった。


 「あなたが会いたいなら、それでいいの」


 とてもシンプルな答え。


 でも、それで十分だった。


 机の上の白紙を見る。


 さっきまでとは違って見える。


 「……少し、考えてみます」


 そう言うと、佐伯は静かに微笑んだ。


 その後ろ姿を見ながら、


 胸の奥に、小さな決意が生まれる。


 まだ形にならないもの。


 それでも、確かにそこにあるもの。


 それを、大事にしたいと思った。

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