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六十歳、追放されましたが遅すぎることはありません 〜家族に捨てられた私を覚えていたのは、あの子だけでした〜  作者: snow☆rabbit


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第4話 それでも、覚えていてくれた人

その手紙は、午後の静かな時間に届いた。


 談話室から戻ったばかりで、何をするでもなく椅子に座っていたときだった。


 コンコン、と控えめなノック。


 「高瀬さん、お手紙ですよ」


 職員の声に、一瞬だけ戸惑う。


 ——手紙?


 ここに来てから、誰かとやり取りをすることなどなかった。


 受け取る理由が、思い浮かばない。


 それでも、差し出された封筒を手に取る。


 軽い。


 驚くほど軽い。


 それなのに、どうしてか手の中で重く感じた。


 表を見る。


 たどたどしい文字。


 少し傾いていて、ところどころ大きさも違う。


 ——おばあちゃんへ


 その一行を見た瞬間、


 胸の奥が、きゅっと強く縮んだ。


 「……小春」


 名前が、自然とこぼれる。


 しばらく動けなかった。


 ただ、その文字を見つめる。


 見ているだけで、何かが溢れそうになる。


 ゆっくりと、封を開ける。


 中の紙を取り出す。


 折り目をそっと広げる。


 ——げんきですか

 ——こはるはげんきです


 その二行だけで、視界が揺れる。


 文字が、少しにじむ。


 瞬きをしても、完全には戻らない。


 ——このまえ、おばあちゃんのごはんがたべたくなりました


 息が、止まる。


 思い出す。


 毎日のように作っていた食卓。


 誰も気にしていないようで、


 でも確かにそこにあった時間。


 ——おみそしると

 ——あの、あまいやつ


 かぼちゃの煮物。


 あの子が、少しだけ嬉しそうに食べていたもの。


 他の誰も手をつけなくなって、いつの間にか作らなくなった味。


 それを、覚えていた。


 ——またたべたいです


 ぽたり、と涙が落ちる。


 紙の上に、ゆっくりと染みが広がる。


 慌てて拭こうとして、余計ににじませてしまう。


 ——おばあちゃんは、やさしいです

 ——こはるはしっています


 手が震える。


 言葉が、まっすぐすぎて、


 どこにも逃げ場がない。


 ——だから

 ——ひとりじゃないです


 その一行で、呼吸が乱れる。


 胸の奥で、何かがほどける音がした。


 自分では気づかないうちに、


 ずっと固くなっていたもの。


 それが、少しずつ崩れていく。


 ——またあえる?


 最後の言葉。


 少し大きな文字で書かれている。


 消えないように、何度もなぞったような跡。


 その一文を見つめたまま、動けなくなる。


 会えるだろうか。


 会っていいのだろうか。


 今の自分が、


 あの子の前に立っていいのだろうか。


 その迷いが、すぐに浮かぶ。


 それでも——


 胸の奥に、小さな灯りがともる。


 消えかけていたもの。


 もういらないと思っていたもの。


 それが、確かに戻ってくる。


 「……覚えてくれてたのね」


 小さくつぶやく。


 誰にも聞こえない声。


 でも、それでよかった。


 ゆっくりと手紙を折りたたむ。


 何度も、なぞるように触れる。


 紙の感触を確かめるように。


 ——またあえる?


 その問いは、まだ重い。


 すぐには答えられない。


 それでも、


 さっきまでとは違っていた。


 胸の奥にある灯りは、


 確かに、消えていなかった。

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