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第20話 受付嬢がハニートラップを提案した

 ダンジョンから戻ったとき、男が待ち構えていた。

 ギルドの入口。見慣れない顔。

 整った身なりに、王都の研究者特有の澄ました空気。


「少し、よろしいですか」


 振り返った俺に、男は軽く会釈した。


「王都研究機関のレムリオです」


 礼儀正しい仕草。だが目が、違った。

 値踏みするような、探るような色。


「あなた達は、ダンジョンで何をしていたのです?」


 一拍、間を置く。


「終焉級ドラゴンが出た事件、覚えていますよね? 現在、立ち入りは極力制限されています」


 そして、小さく息を吐いた。


「清掃員には、そのような事情を理解する知性もないのですか?」


 ……カチンときた。


 次にレムリオは、俺の隣へ視線を動かす。


「そちらの配信者も。危険地帯で派手な格好をして目立つとは……人気取りも大変ですね」


 ルミリアの猫耳フードが、ぴくっと動いた。


 そのとき。


「きゅーん」


 くーちゃんが、とてとてと足元へ近づいていった。


 レムリオが眉をひそめる。


「……この犬、邪魔ですね」


 足が、持ち上がった。


「やめろ!」


 気づいたときには、くーちゃんを抱き上げていた。


 レムリオは少し驚いた顔をして、それから肩をすくめる。


「犬ごときに過剰反応とは。やはり、品位というものが根本的に欠けているようだ」


 空気が、スッと冷えた。


「透真さんの同行は、私がお願いしました」


 静かな声が、場を割った。


 リアーネが、一歩前に出ていた。


「責任は私にあります」


 怒鳴るでも、騒ぐでもない。

 ただ、はっきりと。


 レムリオの目が細くなる。

 そして――態度が、するりと変わった。


「リアーネさん」


 声まで、柔らかくなる。


「貴女ほどの方が、このような無知な方々と行動する必要はないでしょう。知的な調査なら、私も協力できます」


 どこかねっとりとした響きだった。


「研究の話でもしながら。今度、お茶でもいかがです?」


 軽く会釈して、レムリオはギルドの奥へ消えていった。


「……なんか、すごく嫌な感じ!」


 ルミリアがぷくっと頬を膨らませる。


「だよな」


 俺は腕の中のくーちゃんを撫でながら頷いた。


「くーちゃんを蹴ろうとしたのだけは、許せん」


「キャン!」


 くーちゃんが元気よく鳴く。


「よしよし。怖かったな」


 ポケットからボーロを取り出すと、一瞬でぱくっといった。

 尻尾がぶんぶん回る。


 ……現金なやつだ。


 リアーネは、レムリオが消えた方向をじっと見ていた。


「最近、研究の成果が出ているのか……少し天狗になっているようですね」


「そんな感じだったな」


「父にも接触しようとしていると聞いています」


「え、アークレイン財閥の当主に?」


「研究支援の話だそうです」


 彼女は小さく息を吐いた。


「ですが、少し……引っかかるんです」


「引っかかる?」


「最近の失踪事件と、彼の研究時期が重なっています」


 俺の脳裏に、ダンジョンの中層が蘇る。

 弱った魔物。妙に静かな空気。


「……中層、怪しいですよね」


「ええ」


 リアーネは頷いた。


「ですが、今の段階で直接疑いをかけるのは危険です」


「だから内部調査か」


「はい」


 ためらいなく、さらりと。


「こういう仕事は、私の担当ですから」


 ギルド受付嬢にして、アークレイン財団のエージェント。

 つまり――調査のプロだ。


「透真さんは、しばらく普通に過ごしてください」


「普通にって」


「普通に、清掃員を」


「……それはいつも通りだな」


 *  *  *


 数日後。

 リアーネに呼ばれた俺たちは、ギルドの控室に集まっていた。


「お待たせしました」


 扉が閉まる。

 リアーネは机の上に資料を広げた。


「内部調査の結果を報告します」


 空気が、ぴりっと引き締まる。


「失踪事件に直接関わる証拠は、まだ見つかっていません」


 一拍、置く。


「ただし――」


 一枚の紙を、指先で軽く叩いた。


「怪しい人物はいます」


 ルミリアが、ぐいっと身を乗り出す。


「誰ですか?」


「王都研究機関から最近赴任した研究者。レムリオです」


 やっぱりか。


「研究予算の使用状況が不自然です。さらに――」


 別の資料をめくる。


「彼は、ダンジョン中層付近の立ち入り許可を頻繁に申請しています」


 俺とルミリアが顔を見合わせた。

 中層。


「ですが」


 リアーネは首を振る。


「決定的な証拠はありません。直接問い詰めることもできない」


「なるほど」


 俺は腕を組んだ。


「で、どうする?」


 リアーネが、ほんの少し微笑んだ。


「簡単です」


 そして言った。


「これから、レムリオさんとカフェでお茶をしてきます」


「……は?」


「情報収集です」


「いや、それ」


 ルミリアが目を丸くする。


「ハニートラップじゃないですか」


「交渉術です」


 いや同じだろ。


「……というわけで」


 リアーネは俺たちを順に見た。


「透真さんとルミリアさんには、近くの席に座っていただきます。怪しまれないよう、後ろの席で会話を聞いていてください」


 ルミリアが、にやっと笑う。


「面白そうですね」


「ちょっと待て」


 俺は思わず口を挟んだ。


「仮にレムリオが関わってるとして……どうやって捕まえるんだ? 証拠もないんだろ?」


 リアーネは、ふっと小さく笑った。


「証拠は作ればいいんです」


 さらりと言う。

 いや、さらりと言うな。


「レムリオさんが関わっているなら、必ず“動く”状況があります」


 机の資料を、指先で叩く。


「高い魔力の対象です」


「……つまり?」


 リアーネが、こちらを見た。


「囮です」


「は?」


「王族で、魔力が高くて。ダンジョン中層に入る予定がある方」


 ルミリアが、ぱっと手を挙げた。


「はい!」


 おい。


「私ですね! ぶっちゃけ楽しそうです!」


「楽しむな!」


 リアーネが静かに頷く。


「ルミリア様が中層へ入るという情報を、さりげなく流します。もしレムリオさんが関わっているなら……必ず反応するはずです」


「……それ、危なくないか?」


「もちろん護衛はつきます」


 そして、俺を見た。


「私と」


「……」


「透真さん」


「え?」


「作戦ですから」


 さらっと言う。

 いや、さらっと言うな。


「きゅーん!」


 くーちゃんまで嬉しそうに鳴く。


「くーちゃんも参加ですね」


 ルミリアが笑った。


「……いや」


 俺はため息をついた。


「なんか最初から、全員で行く気満々じゃないか」


 ……俺の平穏は、また遠のいた気がした。


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