第19話 配信開始!
「配信準備、完了です」
蒼猫ちゃんが、ぱちんと指を鳴らす。空中に水の球体がいくつも浮かび上がり、淡い光を帯びた。
視聴用の魔法端末だ。そして、カメラに向けて、蒼いフードの少女がふわりと微笑む。
「皆さん、こんばんは。新人配信者――蒼猫です」
少し低く加工された声が、ダンジョンに響く。
「今日は、くーちゃんと行くダンジョン散歩です」
《新人?》
《可愛い!アイドル?》
《蒼猫ちゃん、聞いたことないな》
《犬もいるw》
くーちゃんがカメラを見て、きゅっと首を傾げた。
「きゅーん!」
《犬かわいい》
《犬プロすぎw》
《このワンコ、わかってる》
《癒し枠きた》
蒼猫ちゃんが満足げに頷く。
「看板犬のくーちゃんです!」
「二人とも慣れてるなー」
思わず声にだして呟くと、コメントが反応する。
《今の人誰?》
《スタッフ?》
《裏方?》
「清掃員さんです」
「言うな」
《清掃員www》
《ダンジョン清掃員》
《掃除配信?》
リアーネが小さく咳払いした。
「……ダンジョンの案内人です」
《後ろの人かわいい》
《受付嬢?》
《蒼猫ちゃんのマネージャー?》
「違います。ギルド職員です」
《真面目すぎ》
《絶対有能》
蒼猫ちゃんが軽く手を振る。
「それでは、ダンジョン探索スタートです」
俺たちはもう、内密調査ではない。ただの配信者一行として、通路へ足を踏み入れる。
湿った石壁、灯りの魔石がぼんやりと通路を照らす。配信用の水球が、ふわりと後ろを追ってくる。
しばらく歩いたところで。
《くーちゃんこっち向いて!》
《くーちゃん手振って!》
くーちゃんが、コメントに反応するようにカメラへ向き直った。そして、ちょこん、とお座り。
《かわいい》
《わかってる》
《このワンコ、プロだ》
蒼猫ちゃんが目を輝かせた。
「……透真さん、これは使えます」
「何を?」
「くーちゃんに、一発芸をさせましょう」
蒼猫ちゃんが、カメラの死角で俺にだけウィンクする。
……そうか。配信として自然に見せるには、ちゃんと盛り上げないといけない。カモフラージュの完成度が調査の成否に直結する。
「くーちゃん」
俺はしゃがみ込む。
「右に回れ」
くるくる。
「左に回れ」
くるくるくる。
「お座り」
ちょこん。
「ボーロ」
ぱくり。
《は??》
《完璧すぎる》
《天才犬》
《くーちゃん登録した》
《もう一回!》
蒼猫ちゃんが、満足げに腕を組んだ。
「……看板犬、優秀すぎますね」
リアーネが小さく咳払いした。
「……内密調査、大丈夫ですか?」
全員、しばらく黙った。
「きゅーん」
くーちゃんが、もう一粒要求した。
歩きながら、コメントが流れ続ける。
《同接1000突破!》
蒼猫ちゃんの動きが、わずかに変わった。
「……同接、増えてますね」
「そうだな」
「もっと、映えるアクションが必要です」
「いや、内密調査——」
「水属性魔法、見せましょうか」
「待て待て待て」
《なんか始まりそう》
《蒼猫ちゃん目が本気だ》
《清掃員さん止めて》
くーちゃんが俺の足元に退避した。
「お前も逃げるな」
結局、中層まで下りてくる間に、大きなことは起きなかった。
ただ、蒼猫ちゃんの同接数だけが、じわじわと増え続けていた。
そして、俺たちは目的の中層へと足を踏み入れた。
「こちらが中層の――」
そのとき。
俺は石に足を引っ掛けた。
「うわっ!」
《清掃員w》
《配信事故》
《転んだw》
「ぐ、カッコ悪い姿がめっちゃ映ってしまった」
蒼猫ちゃんが微笑む。
「配信的にはおいしいですけどね!」
その直後。
通路の奥からブラッドボアが姿を現した。牙を鳴らし、こちらへ突進してくる。
《敵!?》
《魔物きた》
《大丈夫!?》
「任せてください」
蒼猫ちゃんが手を上げる。
「アクアスラッシュ」
水刃が走る。ブラッドボアは一瞬で霧散した。
《は??》
《つよ》
《今の何!?》
《水魔法!?》
コメントが一気に加速する。
《蒼猫ちゃんこっち見て!》
「こうですか?」
蒼猫ちゃんがカメラに向かって猫ポーズを決めた。
《かわいい》
《登録した》
《推せる》
蒼猫ちゃんがくるりと回る。
「中層の敵なのに……弱いですね」
《確かに》
《中層もっと強くない?》
俺はふと違和感を覚えた。
魔物の消え方が、妙に軽い。普通なら残るはずの魔力残滓が――ほとんどない。
「……透真さん、やはり変ですね」
リアーネが小さく囁く。リアーネも異変に気づいている。
通路の奥から、もう一体ブラッドボアが現れた。
《また来た》
《戦闘だ》
だが、ブラッドボアは数歩歩き――ぐらり、と揺れた。
「……?」
どさり、と崩れ落ちる。俺たちは、何もしていない。
《え?》
《今何?》
《攻撃してないよね?》
倒れたブラッドボアは、干からびていた。魔石が――空だった。
《魔石ない?》
《え?》
《ダンジョンバグ?》
蒼猫ちゃんが小さく呟いた。
「……これ、撮れ高どころじゃないかもしれませんね」
配信の魔導カメラを止めて、俺たちは周囲を調べた。
すると、くーちゃんがてちてちと歩き、地面をクンクンする。
「……透真さん」
リアーネが、その地点を調べて声を上げた。
石床の一部が、微妙に色が違う。よく見ると、魔法陣の跡だった。だが、削られている。
「なにかの術式……?」
「消されてるな」
自然発生のダンジョンに、こんな綺麗な術式があるはずがない。
「やはり、人為的な連れ去りと見るべきです」
リアーネが断言する。
俺は足元の石床を見つめる。
削られた魔法陣。魔石を失った魔物。そして――消えた冒険者。
偶然にしては、出来すぎている。
「……やはりこの中層、おかしい」
俺は小さく呟いた。
そのとき、くーちゃんが低く唸った。
「ウゥ……」
ダンジョンの奥から、冷たい風が吹いてくる。
まるで、何かが、まだ動いているかのように。




