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第18話 秘密案件と、蒼猫ちゃん

 くーちゃんが、朝から落ち着かない。

 

「どうした?」

 

「きゅーん……」

 

 嫌な予感がする。

 案の定、リアーネにカフェに呼び出された。


 表情は柔らかい。声も穏やかだ。カップを持つ手も、優雅だ。

 ただ一つだけ。

 目が、笑っていない。

 ……これは、詰められるやつだ。

 

「先日、聞いたのですが」


 あ、来た。


「ルミリアさんが、お部屋に遊びに行ったと」


「……」


「監視名目だそうですが」


「はい」


 否定材料、ゼロ。証拠も状況も揃っている。


「そういうことは、今後は慎むようにしてください」


 声は静か。怒鳴られていない。なのに圧がすごい。


「はい、すいません」


 なぜ俺が怒られているのかはわからない。だが謝罪が最適解なのは本能でわかる。


 くーちゃんが膝の上で丸くなる。助けてくれ。

 ……と思ったら。

 くーちゃんがするりと膝から降り、リアーネの足元へ向かった。


「きゅーん」

 

 リアーネがそっと撫でる。

 ……お前まで、そっち側か。


「透真さんは、あまり自覚がなさそうですが。不用意です」


 短い。刺さる。


「ルミリアさんは王族です。立場を考えてください。軽率な行動は、周囲に誤解を生みます」


「……はい」


 俺、学生だったか? 生活指導室みたいだ。

 俺の精神HPがゼロになりかけた、その瞬間。ギルド職員が慌ただしく駆け寄る。


「リアーネ様、ギルド長がお呼びです」


 リアーネは小さく息を吐いた。


「少し席を外します」


「どうぞ……」


 なんだろう。少し助かった気がするのは。

 説教タイム、強制終了。


***


 戻ってきたリアーネの表情は、先ほどよりわずかに硬い。穏やかさの奥に、仕事の顔。


「透真さん」


「はい」


「内密の調査案件を任されました」


 内密って言ったよな、今。


「え、内密なんですよね?」


「そうですね」


「なんで俺に言ってるんですか?」


「透真さんは、すでに巻き込まれていますから」


 さらりと言うな。俺の人生、いつも事後報告だ。


「最近、ダンジョンで失踪が続いています」


 空気がすっと冷える。さっきまでの説教ムードが、一瞬で消えた。


「事故扱いになっていますが、不自然な点が多い。ギルド内部犯の可能性もあります」


 内部犯。その単語だけで、背筋がひやりとする。


「パターンがあります。魔力の高い女性が、特に多い」


「正式な公表はできません。だから“内密”です」


「だから俺に言っていいの?」


「透真さんは現場に詳しいですし。それに」


 リアーネは、わずかに視線を落とす。


「ルミリアさんも、興味を持っています」


 ……そう来たか。


「兄が気づく前に、片付けたいそうです」


 確かに。あの勇者が動いたら、失踪どころじゃ済まない。

 街が光る。俺が蒸発する。


 天井を見上げる。

 ……俺の平穏、短すぎない?


「透真さん」


「はい」


「協力、お願いできますか?」


 くーちゃんが、ちょん、と前足で俺の腕を叩く。


「きゅー」


 ああ、そうだな。お前はいつも賛成だよな。


「どうせ放っておいても巻き込まれますよね?」


「ええ」


 リアーネは、ほんの少しだけ笑った。さっきまでの生活指導の顔ではなく、共犯者の顔だった。


***


 リアーネについていき、俺はダンジョン前までやってきた。


「……俺、戦闘できないけど、大丈夫ですかね?」


 ギルドを出たところで、ようやく我に返る。

 勢いで歩き出したが、冷静になると俺はただの清掃員だ。


 リアーネが振り向いた。


「……もしかして、来ない気ですか?」


「いや、そういうわけでは——」


「では、一人で行きます」


 その声が、さっきより少しだけ低かった。

 ……あ、まださっきのを引きずってる。


「わかった、行きます行きます!」


 完全敗北。

 ……いやしかし、これはもしかして神が与えしイベントでは?


 内密調査。二人きり。ダンジョン。

 これは、あれだ。ラノベで言うと、第三章あたりのイベントだ。


「透真さん?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 くーちゃんが、じっと俺を見上げる。現実見ろ、という顔だった。


「でも俺、戦闘ほとんど役に立たないですけど」


「透真さんは、現場を知っています。それだけで十分です」


 即答。迷いがない。

 ……それ、地味に嬉しいやつだ。


「きゅーん」


 腕の中で、くーちゃんが楽しそうに鳴く。


「ほら、くーちゃんも乗り気です」


「お前はいつも乗り気だな」


 悪くない。皆でダンジョン探索。平穏からは逸れるが、悪くない――と思った、そのとき。


 ダンジョンの入り口付近で、リアーネがふと立ち止まった。


「ただ、このまま私たちが動けば、犯人側に“調べています”と宣言するようなものですね……」


 静かな声だったが、言葉は重い。


 たしかに。


 ギルド受付嬢と清掃員が、内密にダンジョンをうろつく。

 不自然すぎる。


 内部犯がいるなら、なおさらだ。何か良い手はないだろうか。


「……あ」


 頭の中で、蒼い猫耳がぴょこんと立つ。

 ……待て。これ、神じゃないか?


「どうしました?」


「いや、その……完璧な手があります」


 配信。監視名目。“偶然”を装う理由。


 その瞬間、頭上に淡い水の足場がふわりと浮かんだ。


「監視対象の透真さん!」


 軽やかな声が降ってくる。


「また女性と二人きりでダンジョンに入ろうとしてますね!」


 俺は二人でダンジョンに入ったことなんて無いぞ。


 水の足場から、少女がひょいと降り立った。

 蒼いフード。猫耳パーカー。顔を隠すマスク。


「これはもう――」


 びしっと指を突きつける。


「デートです!」


「違うだろ!」

「違います!」


 俺とリアーネの声が、綺麗に重なった。

 くーちゃんが楽しそうに尻尾を振る。


「きゅーん!」


 少女は腕を組み、うんうんと頷く。


「くーちゃんは、よくわかってます! そしてお二人の言い訳は、配信で聞きます」


「配信?」


 俺は思わず指差した。


「ナイスタイミングだ!」


「え?」


 蒼いフードの奥で、目がぱちぱちする。


「蒼猫ちゃん」


 俺はにやりと笑った。


「俺たちで、ダンジョン配信しないか?」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間。フードの奥の瞳が、きらりと輝いた。


「……面白そうですね! 撮れ高、高そうです!」


 新人配信者、蒼猫ちゃん。


 完璧すぎるタイミングで現れた。

 そう――内密調査の、完璧なカモフラージュだ。


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