第14話 勇者の妹、庶民の味に目を輝かせる
ダンジョン中層は、今日も騒がしかった。
終焉ドラゴン出現事件から数日。
噂が広がり、見物人まで増えている。
勇者は、いない。なんとか、切り抜けた。
ようやく穏やかな日常が戻ってきた。
……ただ、くーちゃんのボーロ消費量だけが、最近やたら増えていた。
「キャン!」
くーちゃんが元気にボーロを要求する。
「はいはい、作業中だっての」
その少し後ろで水色の髪が揺れた。
監査役――もとい、自由行動中のルミリア。
探るような目で、周囲を見渡している。
「透真さん。今日は人の出入りが多いですね」
「話題のダンジョンだからな。バズってるらしい」
「ばず?」
「……配信で人気が出ること」
そのとき。
「はいどうもー! 本日は話題のアークレイダンジョンからお届けします!」
軽快な声とともに、魔道カメラを浮かせた青年が現れた。
胸元のギルド認可証からして、正規の配信者らしい。
「ダンジョン……配信?」
ルミリアの声がわずかに弾む。
「魔道具で映像を飛ばして、視聴者に見せるんだよ」
「庶民は、これを……見るのですか?」
「庶民って言い方やめような」
配信者がこちらに気づいた。
「あ、清掃員さん? この先、安全圏どこです?」
「今日は安定してるが、あの石柱より奥は魔力濃度が高い。そこまでだ」
「助かります! 視聴者さん、安全第一でいきますよー!」
魔道カメラがくーちゃんを映す。
「うわ、ポメラニアン!? 可愛い!」
「きゅーん!」
営業モード入るな。
配信者は狼素材を取り出し、その場で簡易調理を始めた。
「本日のダンジョングルメはこちら! ブラッドウルフのスパイス焼き!」
じゅう、と音が立つ。
香ばしい匂いが広がった。
「……魔物を、食べるのですか?」
ルミリアが真剣な顔で見ている。
「普通にうまいぞ。流通もしてるし」
ルミリアの喉が、小さく鳴った。
「王都から送られてくる保存食は……固形栄養塊です」
「塊?」
「ええ。味は……ありません」
言い切った。迷いなく。
シスコン兄の顔が浮かぶ。
ああ、絶対あいつだ。
ルミリアの目が、じゅうじゅう鳴る鉄板から離れない。
配信者がかぶりつく。
「うまっ! これだからダンジョンはやめられない!」
コメントが流れる。
《うまそw》
《終焉出たダンジョンで料理とか度胸あるな》
《後ろの子、可愛い!》
ルミリアが静かに息を吸った。
「……配信とは、庶民文化の最前線なのですね」
「まあ、今はな」
しばらく料理を見つめたあと、彼女は言った。
「私も、やってみたいです。配信」
唐突すぎる。
「は?」
「匿名で。身分は伏せて。庶民として」
蒼い瞳が、真剣だった。
「……何を?」
「ダンジョンの真実を伝える配信。あるいは――」
ちらりと、魔物料理を見る。
「ダンジョングルメも、よいですね」
その目が、さっきから鉄板を追い続けている。
好奇心なのか、食欲なのか。
たぶん、両方だ。
「待て待て待て」
「キャン!」
「くーちゃんも賛成のようです」
「匂いに反応してるだけだ」
彼女は小さく笑う。
「すぐにはやりません。準備が必要です。機材、匿名設定、変装、立ち位置」
本気だ。
「透真さん、詳しいですよね?」
「なんで俺が」
「先ほど、“バズ”と自然に使っていました」
しまった。
くーちゃんを抱き上げる。
「犬と猫の配信、よくありませんか?」
……猫?
「配信名は――蒼猫」
水色の髪が嬉しそうに揺れる。
……あ、これ断れないやつだ。
くーちゃんが俺を見る。
逃げちゃだめだよ? そんな顔だ。
固形栄養塊よりは、絶対楽しそうだ。
ブラッドウルフの匂いが、まだ鼻に残っている。
配信者と別れ、清掃を終えて出口へ向かう。
その途中だった。
茂みが揺れる。
ブラッドウルフが飛びかかった。
「アクア・ウォール」
水の結界が立ち上がり、狼を弾き返す。
「危ないですよ?」
涼しい顔で、言う。
「俺、Fランクだからな。危ないのが通常運転だ」
「でしたら、私が守りますね」
にこり。でも、少しだけ、測るような目だった。
「きゅーん」
「ほら、くーちゃんもそう言っています」
「これは、ボーロ要求だ」
ぱくり。
戦闘後のおやつタイムはすっかり定着した。
上位魔物の気配もなく、空気も安定している。
しばらく歩いて、ルミリアが言う。
「あの料理……本当に日常なのですか?」
「素材さえあればな」
「では……透真さん、普段の食事は?」
「自炊だけど」
瞳が、ぱあっと輝いた。
「自炊!?」
「そんな驚く?」
「庶民の家庭料理ですよね?」
「だから言い方」
くーちゃんが尻尾を振る。
王族育ち。料理未経験。保存食に飽きている。
ここで俺が家庭料理を披露したら――俺の時代、来るか?
「今度、作ってやってもいいけど?」
なるべくクールに言ったつもりだ。
「本当ですか!?」
距離が、近い。近い。
「明日でもいいですよ!」
「明日!?」
「明日、料理してもらうんです!」
既成事実を作るな。
だが、悪くない。内心はガッツポーズだ。
「簡単なものでいいならな」
「やった!」
くーちゃんが喜ぶルミリアの足元をぐるぐる回る。
なんでお前まで嬉しそうなんだ。
***
ギルドのカフェスペースに戻ると、銀髪が揺れた。
「あら」
リアーネだ。
「おかえりなさい。視察でしたよね?」
「問題ありませんでした」
ルミリアが即答する。
なぜか俺は背筋を伸ばした。
「それでですね!」
ルミリアが身を乗り出す。
「明日、透真さんが料理してくださるんです!」
言い方。
リアーネの視線がゆっくりこちらへ向く。
「……へえ?」
「いや、ちょっと頼まれただけで」
「自炊されるんですね。意外です」
「清掃員だからな。生活力が命だ」
リアーネは、何かを決めるように言った。
「なら、私も参加していいですか?」
……もしかして勇者の件、あまり動けなかったことを気にしてくれているんだろうか。
少し機嫌が悪い気がする。
「ちょうど明日は休暇なんです」
にこり。穏やかだが圧がある。
「いえ、大丈夫ですよ? 私たち二人で」
ルミリアがやんわりと断る。
“私たち”ってなんだ。
リアーネは微笑みを崩さない。
「王族育ちの方が台所で怪我をされても困りますし」
牽制入った。
ルミリアの眉がぴくりと動く。
「私だって刃物くらい扱えます」
「もちろん存じています。ですが、念のため」
見えない火花が散る。
「きゅーん」
くーちゃんがのんびり鳴く。
平和の象徴かお前は。
……あれ?
これ、俺の時代じゃなくない?
「明日、楽しみですね?」
「ええ、楽しみにしています」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
明日、料理をすることになった。二人で。いや、二人に。
くーちゃんが、満足そうに尻尾を振っている。
でも、これはこれで悪くない青春かもしれない。




