第13話 オペレーション・勇者リターン
俺たちは、ギルドに無事戻ってきた。
ルミリアとの話し合いは、思ったより早く終わった。
お互いの利害が、綺麗に一致したからだ。
ここから、俺の作戦が始まる。
王都へ勇者を帰還させ、俺の未来を切り開く。
その名も。
オペレーション・勇者リターン。
「きゅーん」
腕の中のくーちゃんが、不安そうにこちらを見上げた。
「……大丈夫だ」
頭を軽く撫でる。
「ここが頑張りどころだからな」
リュシオンは、俺が終焉ドラゴンを消したという証拠を掴めていない。
まず、Fランクという事実を使って反論。それが、最初の一手だ。
「Fランクの俺が、終焉ドラゴンをどうにかできると思います?」
ギルドカードを取り出し、テーブルに置く。リュシオンがそれを手に取った。
「……Fランクか」
目が細くなる。空気が、わずかに重くなった。
「一般市民以下の雑魚だな……」
「今、雑魚って言ったよね?」
「言っていない」
「いや、聞こえたんだけど」
覚えておけよ。その言葉。
くーちゃんが膝の上で、ぴたりと尻尾を止める。
その瞬間、空気が変わった。
リュシオンの瞳が、淡く発光する。……やばい。
「お前が不自然なのは、最初に会ったときから分かっている」
低い声が落ちる。
「測定では見抜けない裏スキル持ち。ほぼ確定だ」
やめろ。
「ならば、消耗は激しいが使うしかあるまい」
光が瞳に収束する。
「究極鑑定」
空間がわずかに軋んだ。視界の端に、淡い光文字が走る。
名前:比良坂透真
ランク:F
筋力:低
敏捷:低
魔力:低
耐久:低
……全部低い。
適性:清掃(やや高)
裏スキル:なし
光が消え、沈黙が落ちる。
全部低いのに、清掃だけやや高。
……そこ、地味に恥ずかしいんだが。
「……裏スキル無しのFランクか」
真顔でリュシオンが呟く。
「間違いなく雑魚だな……」
「また、雑魚って言ったよね?」
「言っていない」
わずかに、リュシオンの眉が寄る。
鑑定結果は絶対。だが、感じている違和感と一致しない。
俺単体は、本当にFランクだからだ。あの力は、くーちゃんとセットで発動する。当然の結果。
「キャン!」
くーちゃんが、じっとリュシオンを見返している。
測るなら、こっちも測ってみろ、とでも言いたげだ。
ここまでは予定通り。
「お兄様」
「……ああ、すまない、ルミリアよ」
この温度差はなんだ。さっきまでの勇者の圧はどこへいった。
呆れていると、ルミリアが淡々と状況を整理する。
「終焉ドラゴンの痕跡ですが」
声音が変わる。
「あれは浄化ですらありません。完全な消去に近いです」
空気が、再び張り詰めた。
「瘴気の残響も、魔力の乱流も、綺麗に整えられていました。……まるで、最初から存在しなかったかのように」
リュシオンが俺を射抜く。
「確かにな。さすがにFランクが起こした現象としては説明がつかんか」
よし。ルミリアの援護で、流れは引き寄せられた。
あとは、合図一つだ。
「だから言ったじゃないですか。俺じゃないですよ」
同意しつつ、俺はさりげなくルミリアに視線を送る。
今だ。
ほんの一瞬だけ、蒼い瞳がこちらを見る。そして、小さく頷いた。
……通じた。
彼女の指先に、淡い光が灯る。小さな魔法陣が展開した。通信魔法だ。
空間が波打ち、低く落ち着いた声が響く。
『リュシオン』
店内がざわつく。勇者の父、大勇者リュミナス。
『調査結果はどうだ?』
リュシオンは即座に答える。
「終焉ドラゴンの痕跡は消えていますが、不審な点があり調査中です。しばらく滞在します」
だが、そこでルミリアが口を開いた。
「お父様。終焉ドラゴンの気配は確実にありません。調査は必要ですが、優先度は下がるかと」
リュシオンが驚き、妹を見る。だが、ルミリアは構わず続けた。
「お兄様は、北方討伐に戻られた方がよろしいのでは?」
『うむ、確かにそうだ。一度帰還せよ、リュシオン。北方は今、危機に瀕している』
「しかし父上、この件は」
『国家の安全が優先だ』
短く、重い一言。
ルミリアが一歩前へ出る。
「お父様。この件、私が引き継いで調査をしたいのですが」
わずかな沈黙。
『……わかった。ならば、ルミリアよ。お前が残れ』
リュシオンが即座に振り向く。
「却下だ」
「お兄様」
「妹を一人置いて帰れるか!」
絶対に譲らない瞳。
そのとき。
『リュシオン』
今度は、声が違った。
儚く、やわらかく、それでいて芯の通った響き。
淡い光の向こうに、一瞬だけ姿が映る。水色の髪。透き通るような肌。守ってあげたくなるような、かすかな微笑み。
大勇者の妻、聖女ルシア様。
俺がルミリアに頼んだ、最後のカードだ。
『お父様の指示に従ってはくれませんか?』
空気が、静かに変わる。
「母上……しかし、ルミリアを置いていくなど」
『貴方には勇者としての使命があるのです。家族を守るのは、強さだけではありません』
静かに、諭す声。リュシオンの拳が、わずかに震える。
「……わかりました。母上がそこまで言うのならば」
早い。
さっきまで絶対に譲らなかった勇者が、あっさり引き下がった。
『ありがとう、リュシオン。期待しています』
その言葉を残し、光は静かに消える。
計算通り。
切り札の聖女ルシア様。想像以上だ。やはり、母が勇者の弱点らしい。
だが、これはあれだ。魔性の女、ってやつでは?
「母上の期待に応えなくてはな」
決意を新たにする勇者。その隣で、ルミリアが満面の笑みを浮かべた。
「作戦成功、ですね」
小声で俺に囁く。
「……さて、何の話かな?」
とぼけると。
「ふふ」
ルミリアは楽しそうに笑った。
……悪くない共犯者だ。
勇者家族との通信が終わると、リュシオンはルミリアにぽつりと呟く。
「……必ず毎日通信を入れろ」
本気の声だ。
「朝と夜だ」
「お兄様!」
ルミリアが本気で悲鳴を上げる。
「できれば昼も」
「それは無理です。なら通信はしません。お父様に連絡します」
「な、ば、ばかな!」
勇者の威厳はどこへいった。
「一日一回が限度です」
きっぱり。交渉の達人か。
「く……ここにきて反抗期とはな」
王都最強の勇者が、妹相手に通信回数で攻防している。
「きゅーん」
くーちゃんがのんびり鳴く。ほどほどに、とでも言うように。
リュシオンは名残惜しそうにルミリアを見つめた。
「……行ってらっしゃいませ、お兄様」
その声は、少し柔らかかった。
リュシオンは、俺を一瞥した。
「……妹に何かあれば、ただでは済まさん」
「俺が責任者なの?」
「当然だ」
言い切られた。理不尽だが、その目は本気だ。
やがて勇者は踵を返す。堂々たる背中で、ギルドを後にした。
――もちろん。
自分が今、まんまと作戦で王都に帰されることになったなど、微塵も気づいていない。
空気が、ようやく緩んだ。
ルミリアの腕の中から、くーちゃんがぴょんと飛び降りる。てくてくと数歩歩き、勇者が去っていった扉の方を向く。
そして。
「ワン!」
胸を張って、誇らしげに一声。
……お前、わかってるだろ。
思わず笑いがこぼれた。
Fランク。雑魚。一般市民以下。まあ、言いたい放題だったな。
だが、俺だって自由に生きるためには抵抗する。それが、たとえ勇者相手でもだ。
ここまで綺麗に作戦がはまるとは、正直思っていなかったが。
……悪くない。
くーちゃんを抱き上げ、小さく呟く。
オペレーション・勇者リターン。
――任務完了。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
今回は、透真が勇者を倒すのではなく、
Fランクなりのやり方で、きっちり帰ってもらう回でした。
強さで正面から勝つだけが、反撃ではない。
雑魚と言われても、清掃員には清掃員の戦い方があります。
そしてルミリアも、思った以上にいい共犯者でした。
くーちゃんも最後は、たぶん全部わかって胸を張っています。
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くーちゃん「Fランクでも、作戦勝ちワン」




