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第15話 甘いはずの休日は戦場だった

 今日は料理をする予定だった。


 俺が。

 俺の手で。

 俺主導で。


 ……なぜダンジョンにいるんだ。


 俺たちはダンジョン上層に来ていた。


「今日は食材確保です」


 ルミリアがやる気満々で宣言する。


「料理するなら、新鮮なお肉がいいですよね?」


「いや、普通に市場で買ってもよくない?」


 一応反論してみる。


「ダンジョン産の方が雰囲気あります」


 真顔だった。

 一切、冗談ではない。


 ……この人、王族なんだよな。


「安全圏で済ませましょう。中層には行きません」


 リアーネは冷静だった。


「ですね。その方が素材も新鮮なまま持ち帰れますし」


 結局、二人ともやる気満々である。


 くーちゃんが先頭を、てちてち歩く。今日は魔物も穏やかだ。


 ――と思った瞬間。


 茂みからブラッドボアが一頭、飛び出した。


 俺が驚いて構えを取った、その時には。


「アクア・スラッシュ!」


 水刃が一直線に走る。ばしゃり、と猪が倒れた。


「……容赦ないな」


「肉質が落ちる前に処理です」


 理屈が完全に主婦寄りだった。


 その横でリアーネが風魔法で血抜きを補助する。

 王族と財閥令嬢が、なぜこんな完璧な連携をしているんだ。


 俺は邪魔をしないよう、黙って解体係に専念する。


「くーちゃん、そこ踏むなよ?」


「きゅーん」


 足に血がついたら拭くのは俺なんだからな。


 なんだかんだで肉、キノコ、ダンジョンハーブまで揃った。


 帰り道、リアーネがふと言った。


「透真さんって、後片付けが本当に丁寧ですよね。戦闘跡でも、魔力の乱れが残らない」


 何気ない一言だった。


「……そうですかね」


 と応じると。


「……リアーネさんは透真さんのこと、随分詳しいみたいですね?」


 笑顔だったが、好奇心だけではない声音だ。


「い、いや、別に」


「透真さんとは、知り合って時間も経ちましたし」


 リアーネが涼しい顔で引き取る。それ以上でも、それ以下でもない声だった。


「……そうですか」


 ルミリアはそれだけ言って、前を向いた。


 納得したのか、していないのか。わからない。


 足元をとてとて歩くくーちゃんをみながら、俺は話題を逸らした。


「結局、料理は何をつくるんだ?」


「私はシンプルにローストがいいです」


 リアーネが言う。


「素材の味を活かす調理法が一番ですから」


「えー? せっかくなら煮込みましょうよ」


 ルミリアが即座に反論する。


「水属性魔法で旨味を閉じ込めるんです!」


「肉は焼いた方が香りが立ちます」


「煮込めば柔らかくなります!」


 ……始まった。


 俺は静かに後方へスライドする。気配を消す。巻き込まれ防止。


 ――俺のモブスキルを舐めてもらっては困る。


 そう思っていたのだが。


「透真さんはどっちがいいですか?」


 同時に振られた。


 いや、困るんだけど。


 リアーネは静かな微笑み。ルミリアは期待に満ちた瞳。

 くーちゃんは、つぶらな目で俺を見上げている。


 なんで俺が最終決裁者なんだ。


「ど、どっちも美味しそうだな」


 無難に返す。だが、二人に火がついた。


「なら、お互い作りましょう」


「ええ、勝負ですね」


 ……え? 勝負?


 嫌な未来が見えた。


「きゅう」


 くーちゃんが眠そうにあくびをする。


 お前はいいよな。気楽でさ。


***


 食材を確保した俺たちは、ギルド厨房を占拠していた。

 ――ルミリアが王族の権利を行使して。


 本来、俺が料理する予定だったはずだ。

 だが気づけば、俺は完全にアシスタントである。


「透真さん、塩はどのくらいですか?」


「透真さん、この火加減は?」


 両陣営から同時に呼ばれる。


 リアーネはロースト肉を手際よく仕込み、無駄のない動きで下味を整えている。

 その横顔が、妙に様になっていた。

 財閥令嬢の料理姿というのは、なぜこんなに絵になるんだ。


 対するルミリアは大鍋を構え、ハーブを浮かべながら真剣な顔。


「水圧は弱めに……」


 魔法でスープを循環させている。

 王族が魔法で煮込みを作っている。何がどうなってるんだ。


 俺は両陣営を行き来する。


「焦げるぞ?」


「あ、ほんとですね」


「それ、煮詰まりすぎ」


「え、あぶない!」


 完全に板挟みだ。


 くーちゃんは厨房の端で待機中。ときどき「きゅーん」と鳴いて味見要求をしてくる。


 平和だな、お前は。


 やがて、二皿が完成した。


 一方はロースト肉。艶やかな焼き色。香ばしい匂いが立ちのぼる。

 もう一方は煮込み鍋。澄んだスープに、ほろりと崩れる肉。


「どうぞ」


「どうぞ!」


 同時に差し出された。


 ……いや待て。俺がジャッジ?


「透真さんの料理、楽しみにしていたんですが」


 リアーネが柔らかく言う。


「仕方ありません。今回は審査員をお願いします」


 ルミリアは真顔だ。


 おかしい。甘い料理回のはずだった。

 俺、なんで裁判官席なの?


 まずはローストを一口。香ばしい。肉汁がじゅわっと広がる。

 ……うまい。


 次に煮込みを口に運ぶ。やわらかい。旨味がじんわり染みる。

 ……うまい。


 いや待て。これ、良し悪しつけられなくないか?


「さあ?」


「どちらですか?」


 俺は一歩、後ろへ引いた。

 二人が、一歩前に出た。


 ……詰められた。


 俺はくーちゃんを見た。


「……きゃん?」


 ……最初からこうすればよかった。


「二人とも。ここは――くーちゃん裁きだ」


 小皿にそれぞれ盛る。


 くーちゃんは真剣な顔でクンクン。まずロースト。ぱく。次に煮込み鍋。もぐもぐ。


「きゅーん!」


 満足そうに尻尾を振る。そして両方の皿を交互に、ぺろぺろ。


 判定――引き分け。


「両方、美味しい!」


 ルミリアがぱあっと笑う。


「引き分けですね」


「次は負けません」


 リアーネも、ほっと微笑む。


 なんでシリーズ化する気なんだ。


 くーちゃんはお腹を見せて、幸せそうに伸びている。


 俺は椅子に沈んだ。


 甘いはずの休日は、戦場だった。

 でも、久しぶりにたくさん笑った気がする。

 こんな日が、続けばいい。


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