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第11話 勇者の妹は、距離が近い

「消したのは……お前か?」


 光の勇者リュシオンの、低く断定するような声。


「な、何がだよ?」


 思わず声が裏返る。店内の空気が張り詰め、誰も動かない。


 リュシオンが一歩、こちらへ踏み出す。黄金の装飾が揺れ、光を反射する。


「はぐらかすな。終焉ドラゴンの件だ」


 俺はわざとらしく首をかしげる。


「騒ぎになってる、アレですか? 配信で見ましたけど……あれ、まだ原因不明なんですよね?」


 ぴくり、と周囲が反応する。リュシオンの眉が、わずかに動いた。


 その瞬間。


「お兄様」


 柔らかな声が、張り詰めた空気をほどいた。


 人垣の向こうから、一人の少女が歩み出る。

 透き通るような水色の髪。白と蒼を基調とした魔道衣。落ち着いた蒼い瞳。


「見知らぬ方に、そのような言い方は失礼です」


 穏やかだが、芯のある声。リュシオンが、わずかに慌てる。


「る、ルミリア。これは調査の一環でな」


「調査でも、礼儀は必要です」


 ぴしゃり、と一言。


「お兄様、まず深呼吸を」


「む……」


「はい、吸って。吐いて」


 リュシオンは言われた通り深く息を吸い、ゆっくり吐いた。


「……落ち着いた。さすがは、我が妹だ」


「よかったです。では今度こそ普通に話しましょう」


 リュシオンは姿勢を正し、再び仁王立ちに戻る。

 二秒で英雄の顔になった。切り替え、はや。


 勇者が、妹にたしなめられている。

 ……なんなんだよ、この光景。


 くーちゃんが俺の腕からするりと降り、ルミリアの足元へ駆け寄った。


「きゅーん」


 ルミリアは驚きもせず、静かにしゃがみ込む。くーちゃんの頭に、そっと手を乗せる。

 くーちゃんが、目を細めた。


 ……リュシオンには唸ったのに。


「まあ……あなたが噂のワンちゃんですね」


 小さなポーチからビスケットを取り出す。ぱくり。

 くーちゃんの尻尾が高速で揺れた。

 ……おい。懐くの早すぎないか。


「我が妹ながら、犬との一コマが絵になる……」


 リュシオンが、うっとりと呟く。


「お兄様!」


「……ああ。人前だったな」


 思わず咳払いする勇者。シスコンかよ。


 ルミリアは立ち上がり、こちらへ向き直る。


「申し遅れました。ルミリア・ルミナリアです。王都より参りました」


 優雅に一礼する。


「兄が失礼いたしました」


「い、いえ……」


 つられて頭を下げる。


 穏やかな笑み。だが、その瞳は静かに観察している。

 俺を。くーちゃんを。そして、リアーネを。

 順番が、少し気になった。


「終焉ドラゴンの件で、ダンジョンの状況を確認しています。よろしければ、少しだけお話を」


 柔らかい。だが、逃がさない。


「まずは現地だ、ルミリア。話はその後だ」


「……はい、お兄様」


 ルミリアは軽く会釈し、二人は受付へ向かった。


 ……妹には従うんだな。さっきまでの圧はどこへ行った。


 俺はゆっくり息を吐く。


「……なんなんだよ」


「きゅーん?」


 いや、お前は懐きすぎだろ。


 勇者の目は、確かに俺を見ていた。疑いではなく、確信の目で。


「すごいタイミングでしたね」


 リアーネがひそひそ声で言う。


「バレるかと内心、冷や冷やで」


 俺も小声で返す。心臓が足りない。


「どうします?」


「バレたら、どうなるんですかね?」


「……王都に連れて行かれて、色々と調べられるでしょうね」


「だよな……」


 バレれば、王都行き。それだけは、避けたい。


「気になるのは、アークルミナ神殿が透真さんの力をどう判断するか、です」


 勇者を生み出した神殿。俺の力は、邪魔かもしれない。


「隠すの、手伝ってください」


 リアーネは小さく頷いた。


「そのために、来ました」


 さらりと言った。当然のように。


 そのとき。


「終焉ドラゴンの出現地点まで案内してもらう」


 振り返ると、リュシオンが戻ってきていた。命令ではない。だが、断れる雰囲気でもない。


「俺、Fランクですけど?」


「案内役だ。戦力には数えていない」


 即答だった。

 ……うん、戦力外は知ってた。


「……わかりました。案内します」


 渋々頷き、くーちゃんを抱き上げる。


「きゅーん?」


「散歩だよ、散歩。嫌な散歩だけどな」


「よろしくお願いしますね、清掃員さん」


 ルミリアが一歩、距離を詰める。もう一歩。


「現地で、少しだけお話できると嬉しいです」


 近い。リアーネより近い。

 なのに、圧がない。するりと、入ってくる。


 蒼い瞳が、まっすぐ俺を見る。そこで初めて気づく。


 ……めちゃくちゃ美人だ。


 リアーネとは、まったく別のタイプ。凛として澄んだ翡翠とは違う。光をまとったような蒼。


 綺麗というより、眩しい。そして尊い。

 ……勇者がシスコンになってしまったのも、俺にはわかる。


 そんなことを考えていたから。


「ダンジョンのこと、色々教えてくださいね」


 あの瞳の奥にあったものを、俺は見落とした。それが何だったか、知るのはもう少し後だ。


 こうして俺は、勇者リュシオンと妹ルミリアと共にダンジョンへ向かうことになった。


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