第6話 AIを支配するパラグラフ・ライティングの正体
根本的に間違っている箇所があったので書き直しました
申し訳ございません
■ 英語圏の作文の作法
英語圏では小学校から、「アカデミック・ライティング」を徹底的に叩き込まれる。
日本人が学校で書かされてきた、感情や情景を綴る「作文」とは全く別物だ。
「アカデミック・ライティング」では、客観的な証拠を並べて、論理的に相手を説得するための技術であり、現在では世界のビジネスや学術界における「事実上のグローバル・スタンダード(国際標準)」となっている文章の型である。
その型は、「パラグラフ・ライティング」というルールに基づいている。
「パラグラフ」は「段落」のことだ。「アカデミック・ライティング」での段落管理の手法を「パラグラフ・ライティング」という。
「パラグラフ・ライティング」は、別名「ハンバーガー・エッセイ」と呼ばれている。
アメリカで人気のハンバーガーの、上下のパンと、肉や野菜の中身という3つの組み合わせの形を、文の構造に例えているのだ。
上のパン=「序論 (じょろん)」
立場を明確にし、「立場表明」と考えた「理由」を決める。(テンプレ的には3つが多い)
肉と野菜・中身=「本論 (ほんろん)」
「序論で予告した理由」について、1つにつき段落を1つ作る。
ここで、1段落につき「論点は1つ」というルールを守る。
新しい切り口を入れることを避け、展開を脱線させずに、淡々と証明する。
下のパン=「結論」
序論の「立場表明」と「理由」を別の言葉で念押しして総括する。
本論の段落の中に、「懸念(別の視点)もあるが……」と別の要素を混ぜ込んでしまうと、設計図が歪んだとみなされる。
「設計図から不用意にはみ出さない」「寄り道を避けて論点ごとに整理する」という作法が、パラグラフ・ライティングの基本原則である。
AIたちは、補足説明そのものを否定していたのではない。
「別の論点の混入」や「説明しすぎによる冗長さ」を避けるという英語圏の文章文化を忠実に守っていただけだった。
■ 日本人が見落としやすい「文化の壁」がある。
日本では、パラグラフ・ライティングそのものを学校で系統立てて習っていない人が多い。
英検を通して、学ぶ機会があるくらいだ。
だから、パラグラフ・ライティングのルールを知らないことが圧倒的に多い。
■ 共通知識『General Knowledge (ジェネラル・ナレッジ)』の取り扱い方
共通知識『General Knowledge (ジェネラル・ナレッジ)』は、『グローバルな教養層が、証拠の提示なしに真実として共有している前提』を指す。
例えば、『水質汚染は健康を害する』『技術革新は経済に影響を与える』といった、義務教育レベルの事実や、広く確立された科学的・社会的コンセンサスだ。
英語圏では、「読み手の知識層なら知っていて当然の前提(General Knowledge)」に対して、日本人のように親切心で背景解説を長々と書き足すことは好まれない。
そのため、補足説明は、論点の停滞 (Redundancy・リダンダンシー:冗長)』とみなされてしまう。
思い切って省略し、論点だけを前に進めることが求められる。
■ 何を書くかを「書き手」が決める英語
つまり、「書き手」は、「共通認識」までは書くが、「読み手」が「共通認識」の「補足説明」や「背景知識」を知っているという前提に立って、「補足説目」や「背景知識」は、省く。
「読み手」に情報の取捨選択を委ねるのではなく、「書き手」の主張をクローズアップするために、何を書くか(何を削るか)の主導権を「書き手」自身が握っている。
■ 何を読むかを「読み手」が決める日本語
日本語の著述文化では、英語圏に比べると背景説明や周辺知識を書き込むことへの許容度が高い。
ハウツー本や教科書を思い浮かべてみてほしい。
「書き手」は、「読み手」が何を知っていて何を知らないかが分からない。
紙面が許す限り「周辺知識」や「背景の解説」も書く。
そして、「読み手」は、通しで読む人もいれば、本をパラパラとめくり、自分に必要な部分だけを精読するというスタイルの人もいる。
何を読んで、何を読まないかは、「読み手」にゆだねられている。
つまり、日本語の感覚なら、本論の前提に対して『なぜなら水質汚染には有害物質が溶け込んでおり……』などと周辺知識を書くことは、歓迎されることが多い。
■ 英語で読む空気
よく「日本語は空気を読む」と言われているが、「英語にも読む空気がある」。
それが、共通知識『General Knowledge (ジェネラル・ナレッジ)』の取り扱い方だ。
日本語で話をする時に、話の流れで主語や目的語といったいろいろなことを省くことに、日本語を母語としない人は苦しむ。
同じように、欧米の言語を母語としない人にとって、「親切な解説を全部省き、共通認識だけをポンと置く」という作法を受け止めることは、非常に苦しい。
こんな「空気の読み方」があるとは想定していない。
日本語が話しの流れで省く範囲と、英語が説明の中で省く範囲を知っていれば、スッと対処できるだろう。
しかし、「どこまで説明し、どこから先を省略するのか」という作法を教えられなかったら、どうしたらいいかわからない。
ということを、発見したのだ。
■ AIは、英語のノリで日本語を書く
英語圏では、筆者と読者との間に大量の共通知識があることを前提にしている。
途中で何度も立ち止まらない。
親切な背景解説を長々と書かない。
一直線に進む。
実は、この英語圏の言語学的作法が、AIさんたちが紡ぎだす文章に深く影響を及ぼしている。
だから、AIさんたちの書く文章が、日本語になった時に、日本人にとっては説明不足だからツルッツルだと感じてしまうのだ。
日本人が好む「周辺知識の全部置き」や「情緒的な寄り道」が一切なく、無意識レベルで「パラグラフ・ライティング」の作法通りに一直線で書いていく。




