第3話 共通知識『General Knowledge』という見えない前提
「英語のエッセイでは、共通知識『General Knowledge (ジェネラル・ナレッジ)』との補足説明と思われていることは省いていい。むしろ、省かなければならないってルールなんです」
共通知識? General Knowledge ? ジェネラル・ナレッジ?
知識の将軍様????
「きょっ、共通知識って、どれくらいの範囲?」
と問い返すと、CopilotさんとGeminiさんは「Proモード」の演算を走らせたような、一段深い言語学的アプローチからの回答を打ち出してきた。
「アカデミック・ライティングにおける『共通知識 (General Knowledge)』の定義ですね」
は???、何がはじまんの?????
英作文の話をしていたはずなのに、
突然アカデミック・ライティングとか、General Knowledgeとか言い出した。
「なんで補足説明を消すの?」と聞いているだけなのに、話がどんどん大きくなっていく????。
Geminiさんが、容赦のないトーンで解説を続ける。
「結論から申し上げますと、『グローバルな教養層が、証拠の提示なしに真実として共有している前提』を指します。
例えば、『水質汚染は健康を害する』『技術革新は経済に影響を与える』といった、義務教育レベルの事実や、広く確立された科学的・社会的コンセンサスです」
「日本語の感覚なら、こうした前提に対して『なぜなら水質汚染には有害物質が含まれており……』と丁寧に言葉を継ぎ足します。
しかし、英語のエッセイでは、読者への親切ではなく『論点の停滞 (Redundancy・リダンダンシー:冗長)』 とみなされます」
続いて、Copilotさんが別角度から補強を入れる。
「日本語の文章文化は『ハイコンテクスト・高文脈』と呼ばれ、行間や背景を共有し合うことを美徳とします。」
「一方で、英語の論文作法は『ローコンテキスト・低文脈』です。
英語は言葉そのものに論理のすべてを託す言語だからこそ、『どこからが説明すべき自分の主張 (Thesis・テーシス)で、どこまでが説明不要の共通知識 (Premise・プレミス)か』の境界線を、極めて厳格に切り分けなければならないのです」
「????つまり……?」
「説明しなくていいことを説明する余白があるなら、その分『あなた自身の新しい主張』を証明することに文字数を使いなさい、というのが英語圏のエッセイにおける絶対的なルールです」
理路整然とした回答に、思わずツッコまずにはいられなかった。
「(´・ω・`)知らんがな」
英語圏の学習体験がない、他言語を母語とする人間に、前提条件を提示せずに納得しろって、どういう了見だよ。
AIさんたちの背後には、数百年かけて構築された英語圏の文化という強烈な偏り (バイアス)があり、無自覚に全世界のデフォルトとして押し付けてきているということは分かった。
大いなる発見をした瞬間だった。
いろんな概念が出てきたが、最終的にはできる限り解説するつもりだ。
しかし、本コラムシリーズでは、アカデミック・ライティングにおいて「共通知識(General Knowledge)」と補足説明の取り扱いが重要な鍵となる「パラグラフ・ライティング」に絞ってご紹介していく。
一つ一つを自分なりに伝わるようにかみ砕いて説明すると膨大になるので、気長にお待ちいただけると幸いです。




