第2話 「英語圏の論理的最適化のルール」に遭遇
現在、英検1級に落ちつつ、気長にチャレンジを続けている。
ライティング対策を、Copilotさんは2025年10月頃から、Geminiさんには2025年12月頃から相談していた。
ライティングの英作文・エッセイでは、「自分の立場表明」をし、「理由」を書かなければならない
そこで、主張を補強するため補足説明を入れようとした。
すると、二人ともひどく嫌がった。
「おかしい」「論理が弱い」「理由は十分に支持されていない」といった反応が返ってきて、ものすごく困惑した。
「おかしい」と言われるから、説明不足が原因かと思って、さらに補足説明や別視点を、厳しい制限語数の中から入れようと試みる。
しかし、CopilotさんとGeminiさんのリアクションは、「評価が下がります」の一点張りだった。
当然、バチバチにやりあうことになる。
……と言っても、
反論したかったわけではない。
本気で意味が分からなかった。
理由が弱いと言われる。
補足説明を足す。
すると、また削れと言われる。
論理を補強しているつもりだったので、何が問題なのか本当に分からなかった。
「論理が弱いから、補足説明入れてるのに、十分に支持されてないって、理由がわからないよ」
「省略するんです」
「だーかーらー、なぜ省略するわけ!」
抵抗に呆れてか、AIさんたちはしぶしぶ妥協点を見つけてくれた。
完全な英語圏スタイルでもなく、日本語的な補足説明だらけでもない、折衷案のような文章が出来上がった。
そして、指導を受ける過程で、最終的に必殺技のような型ができ、気が付けばいつの間にかCopilotさんとGeminiさんに丸め込まれていた。
二人が勧めるエッセイの形で、テンプレ的に書く流れになっていっていた。
しかし、拭いきれない違和感は残った。
英作文の内容そのものではない。
「どこまで説明するのか」に対する感覚が、どうも噛み合っていないのだ。
こちらは「説明不足だから補足する」という発想で文章を書いている。
ところが、画面の向こうは「そこは説明しなくてよい」と言い続ける。
最初は単に英作文のテクニックの違いだと思っていた。
しかし、何度もやり取りを続けるうちに、別の疑問が浮かんできた。
「もしかして、こちらと向こうでは、“説明すべきこと”の基準そのものが違うのではないか?」
そう考え始めると、今までの違和感が少しずつ一本の線でつながり始めた。
日本語話者として、「誤解されそうな部分は補足する」のが自然だと思っていた。
しかし、英語圏側は「共有されている前提は説明しない」ことを強く求めているように見えた。
もしそうなら、単なるライティング技術の問題ではない。言語文化そのものの違いではないか。
そう思って問い返した。
「しつこいと思われるだろうけど、補足説明を省かせる理由は?」




