第15話 EU本部編「妥協の産物・ユーロ英語とAIの真実」
番外編:AIのEUでの苦労物語 ~英米型ロジック、旧大陸で撃沈する~
フランス人は「過程を楽しめ!」と怒り、ドイツ人は「厳密さが足りない!」と怒鳴る。
こんなにバラバラな思考スタイルを持つヨーロッパの人々が、EUという一つの組織で、一体どうやって共通のルールや文書を作っているのだろうか?
EUの公用語はなんと「24カ国語」もある。
そりゃ仕方ないよね(^_^;)
高等教育(=大学・大学院)に耐えうる文献が整備されている言語って、10くらいしかないはず。
英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、日本語、中国語、アラビア語だったっけ。
その中の6は所属してるんだから、EUの公用語は多くなるんだろうな。
EU加盟国が自国の「知の作法」を振りかざして議事録を作ったら、会議は永遠に終わらない(^_^;)。
そこでEUが実務上の共通語として選んだのが、イギリス人やアメリカ人のための英語ではなく、非ネイティブ同士がコミュニケーションをとるための「ユーロ英語(Euro-English)」だった。
へ――――、へ――――、へ――――、知らんかった。
EUの欧州委員会は、「Clear Writing(明確な文章を書こう)」という強烈なキャンペーンを行っている。
そのルールはこうだ。
・文化的な比喩や、気の利いたイディオム(慣用句)は使わないこと!
・誰もが知っている、高校生レベルの基礎的な語彙だけを使うこと!
・その代わり、論理の骨組みだけはガッチリと明確に構築すること!
つまり、フランス的な「エスプリの効いた回り道」も、ドイツ的な「シャウエッセンのような入れ子構造」も、すべて禁止!
ひたすらシンプルに、難解な単語をひけらかさず、誰が読んでも絶対に誤解しない「超・安全運転な文章」を書くことが義務付けられたのだ。
そして、ここからがAIの真実のお話。
数年前、AIの言語モデル(翻訳や文章生成)を急激に賢くするために、開発者たちは「質の高い、大量のテキストデータ」を喉から手が出るほど欲しがっていた。
「どこかに、論理的で、ノイズがなくて、複数の言語に完璧に翻訳された巨大なデータはないか……?」
あったのだ。
それこそが、「Europarlコーパス」と呼ばれる、EU議会の膨大な議事録データだった。
AIは、この「EUの妥協の産物」であるユーロ英語のデータを、文字通り浴びるように読み込んで学習した。
文化の匂いを消し、比喩を削ぎ落とし、基礎的な単語で論理だけを一直線に構築する「Clear Writing」の精神。
そう、AIが出力する「ツルツルしてつまらない文章」の正体は、ただのアメリカナイズされた文章というだけではない。
24もの言語と文化が衝突する旧大陸において、「誰も傷つけず、誰にも誤解させない」ために生み出された究極の妥協フォーマットだったのだ。
お――――!ヨーロッパ(旧大陸←アメリカ目線)の妥協の産物発見!
AIの書く日本語がツルツルしているのは、日本語が特殊だからでもない。
文書を作成する時に「摩擦」を極限までなくすことこそが、AIが学んだ「正しい国際社会の歩き方」だったからだ。
でも、人が書く小説やコラムには、摩擦というよりも表現の幅が必要だ。
フランス的な回り道も、ドイツ的な理屈っぽさも、そして日本的な行間の余韻も。
AIが削ぎ落としてしまった「文化の引っかかり」や「シャウエッセン的な味わい」をトッピングすることこそが、世界中の書き手の役割なのかもしれない。




