表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤高の魔王様は、戦闘力皆無の魔女に陥落する。  作者: 葉月ライ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

迫り来る暗雲



 部屋に戻ったリリィは、なかなか眠れずにベッドの上で膝を抱えていた。

 眠る前のいつもの習慣で、隠していた本を魔法で出現させると、表紙をそっと撫でる。

 それはリリィにとって、家族との唯一の繋がり。

 開かない本は、ひたすらに沈黙を貫いている。まるでヴァルクの心のように。

 彼との間に厚い壁を感じて少し気落ちしていたが、ふと強い魔力の消失を感じ、窓のそばへ駆け寄った。

 生い茂る木々でなにも見えないけれど、確かに感じた。ヴァルクが城を出たのだ。

 

 深夜、ヴァルクの気配が城から消える時がある。それはつまり、彼が城を不在にしているということ。

 いつもなら、夜は城を囲う森の小屋にいるはずのツィーかココだが、その時だけは城に訪れる。そして出掛けたヴァルクは、二人のどちらかとともに、明るくなる前に戻ってくる。

 

 どうすべきか暫く思案したリリィは、ヴァルクが不在の間に初めて部屋を出た。

 以前ヴァルクには、無断で城を出るなと言われたが、夜中に部屋を出るなとは言われていない。城から出なければいいだろうと都合よく解釈し、馴染みの魔力を感じる城の中央へ向かった。

 そこには大きな螺旋階段がある。その一角の手すりに腰掛けていたツィーが、リリィの気配に気付いて振り向いた。

 

「眠れないのか」

 

「目が冴えてしまって……ツィーさんは、こちらで何をされているのですか?」

 

「待ってる」

 

 簡潔に答えたツィーは、再び前を見据える。

 外見はココと瓜二つの彼だが、言葉は一見するとそっけない。だが、飾り気のない素朴な性格だということが、接しているうちにわかった。

 そこはココとよく似ている。

 

「ヴァルクさまは、出かけられたのですね。ココさんもご一緒なのでしょうか」

 

 ツィーがこくりと頷く。

 彼らがどのような理由で城を出ているのか気になったが、それはいつかヴァルクに聞いてみるつもりでいた。

 

(それがいつになるかわからないけど……)

 

「今まで、ヴァルク様が城を出ても干渉してこなかった。どうして急に、気にし始めたんだ」

 

 その問いかけに、リリィは目を丸くした。ヴァルクの不在を察していることを、ツィーが指摘してくるとは思っていなかったから。

 だからといって特に不都合はないが、もし彼がそれを快く思っていないというのなら、話は別だ。

 

「ヴァルクさまのことを、もっと知りたくて。……ご迷惑だったでしょうか」

 

「いや、僕は別に……」

 

 ふと、いつもと様子が違うリリィに気付いたツィーは手摺から降り、彼女のそばに歩み寄った。

 

「本当に、迷惑だと思ったことはない」

 

 真剣な面持ちできっぱりとそう言い切ってくれるツィーに、リリィは安堵した。

 ヴァルクと話してから気落ちしていた心が、少しだけほどける。

 

「僕はヴァルク様を最優先にしているけど、ココのことも大切だ。いつもココと仲良くしてくれて、感謝している。だから……リリィが嫌じゃないのなら、これからもここにいてほしい」

 

「わ、私こそ……! そう思っていただけて嬉しいです。ありがとうございます」

 

 思いがけない言葉に心打たれたリリィは、あまりの嬉しさに泣きそうになった。けれど代わりに、精一杯の笑顔を返す。

 するとツィーは口元にやわらかな笑みを浮かべ、リリィの背中をそっと押す。

 

「ヴァルク様はまだ戻らない。もう部屋に戻った方がいい。目を閉じていれば、そのうち眠れる」

 

「そうします。おやすみなさい、ツィーさん」

 

 手を振って見送ってくれる彼に、リリィも手を振り返す。

 やはりヴァルクの不在時は城の中を無闇に出歩かないよう、ツィーたちにも周知されているのかもしれない。

 部屋にいるようやんわりと促されたリリィは、素直に戻ることにした。

 

(今夜はこれでいい。ツィーさんとお話しできてよかった。少しは……眠れそう)

 

 

 

 夜の城内は驚くほど静かで、衣擦れの音まで響きそうなほどだ。軽快な靴音が響く中、リリィは安心して歩き進める。 

 初めて訪れた時はどこも薄暗かった城の中は、彼女が来てからというもの、よく通る通路には松明が設置されて、少しずつ明るくなった。

 部屋へ戻るため、階段へ向かう前の初めの角を曲がる。

 そこで不意に、ぞわりと怖気が全身を伝うような感覚がリリィを襲った。

 

(なに、これ)

 

 城の外から、凄まじい速さで移動する何かがこちらへ向かってきている。

 この魔力を、知っている。

 

(魔獣の……それだけじゃない、もっと他の……)

 

 一つや二つの反応ではない。もとより魔力に敏感なリリィが、かなりの遠方からの魔力に気付けるのは、それが相当数いるということだ。

 反射的に杖を出して身構えるが、これからどうすべきかわからない。相変わらず、戦闘向きの魔法は使えないままだ。闘うことはできない。

 魔王城への旅路では幸運なことに、魔獣とは一度も出くわさなかった。

 魔王城でも、結局は魔獣など一匹も棲んでいないことがわかつた。油断しきっていたリリィは、魔物と対峙する心構えが一切できていなかった。

 

 心臓が緊張で早鐘を打つ。慣れたはずの静寂が、リリィの恐怖を煽る。

 不意にツィーのことが心配になり、来た道を引き返すか、どこか身を隠せる場所を探すか迷った。

 けれど下手に動いて、ツィーを巻き込んでしまう可能性も頭に浮かんでしまい、更に思い悩む。

 ふと窓際へ寄ったリリィは、外の様子を伺おうとした——次の瞬間。


「——ッ!?」

 

 悲鳴を上げかけた口が塞がれる。同時に、後ろから抱きすくめられ、足がぷらんと床から浮いた。

 そのまま強引に窓から引き離されたが、優しい触れ方と冷たい手が誰のものか、すぐに気付いた。

 

「リリィ」

 

(ヴァルクさま!)

 

 見上げれば赤く底光りする瞳と目が合い、一気に安堵が広がる。大勢の魔力に気を取られて、ヴァルクが戻っていたことに気が付かなかった。

 リリィはそのまま横抱きにされ、松明の明かりが殆ど届かない暗がりへ運ばれる。

 

「驚かせてすまない」

 

「だ、大丈夫です」

 

 すぐ近くの、窓のない壁に囲われた一角でリリィは降ろされたが、驚きのあまり言葉とは裏腹に足の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 

「気付いているか」

 

 ヴァルクはリリィが感知した魔力と同じ方を見ている。

 

「はいっ……でも、どうして……」

 

「あれはすぐに来る、リリィを隠す時間はない」

 

 ヴァルクが素早く外套を脱ぐと、目の前に跪いてリリィの頭からすっぽりと被せた。

 それは彼女の身体を余裕で覆い隠せる大きさで、ひんやりした外套の端が、震える手で握りしめられる。

 

「杖を隠せ」

 

 言われてすぐに、リリィは持っていた大杖を魔法で消した。

 魔獣がここへ来ることは確実で、今更避けようがない。見つかる可能性をひとつでも無くしておきたいというのはわかったが、それ以外はなにも状況がのみこめない。

 

「ヴァルクさまっ、どうして魔獣がここへ……?」

 

「……俺を、狙っている」

 

「ヴァルクさまを……?」

 

 それは予想外の言葉だった。

 魔王と呼ばれる彼を、襲撃しにくるということだろか。

 

(どうして、そんなことを……?)

 

 立ち上がったヴァルクは、リリィに背を向ける。

 

「絶対に、顔を上げるな」

 

 それは警告だった。

 リリィは外套を更に目深に被る。視界は殆ど遮られる中、見えるのはヴァルクの足元だけになった。

 

 ぐぢゅり。

 唐突に肉を抉るような、不気味な音がリリィの耳に届く。音の出どころを探ろうと、ほんの少し頭を上げてみたところ、ヴァルクの広い背中が見えるだけだった。

 けれど不意に、視界の端に奇妙なものが映る。ヴァルクは右手に、細身の剣を持っていた。

 全体がどこか血を思わせるような暗赤色で、先は鋭いが歪な剣身。その切先からは、何かが滴っている。

 

(あれは、血……?)

 

 それは床に滴り落ちるが、血溜まりができる前に、まるで幻のように霧散してしまう。

 そのうち辺りに霧が立ち込め、城のあちこちから壁や窓を破壊する衝撃音とともに、耳をつんざく魔物の叫び声が響き渡った。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ