第二夜 夢①
鮮やかな石が嵌め込められた石畳の一本道、橙色の空には白い月が浮かんでいる。
白い壁の家が建ち並ぶ、壁にも色とりどりの石が嵌め込まれ夕日に反射しキラキラと幻想的な世界を創り出している。
道は東西南北通じる街路を持ち碁盤の目状に区切られている。
叶麒は一本道を散歩するように進んでいく、しばらく歩くと目の前に柴垣で囲われた空間が見えてくる。
向唐門を通り抜けると切妻屋根の社が立ち、門から社を繋ぐ平石の道に白砂を敷き詰め帚目を付け、大中小と大きさの違う石が道を挟み左右対称に十個置いた石庭が広がっている。
社に続く階段の最上段には、一人の着物姿の女性が膝を抱えて座り空を眺めている。
赤茶色の髪、桃色の紋綸子に色とりどりの菊が描かれている着物に艶やかな幾何学模様の昼夜帯、青紫の虹彩の瞳は心ここにあらずというように空を眺めている。
「ただいま戻りました、菊緒様」
叶麒は菊緒の座る階段の前まで来ると膝を折り頭を下げる、青紫の瞳は空を眺め続けているが微かに頷く。
「おかえりなさい、私の作った糸気に入ってもらえたかしら?」
「はい、菊緒様の作った糸ですから当然です」
「なら良かった」
無表情だった顔が微笑みに変わり瞳は叶麒を映す、それに気づき顔をあげ微笑み返す。
菊緒は立ち上がり緩やかに階段を下りる、叶麒も立ち上がると右手を差し出すと菊緒は満足そうに左手を乗せ階段を降りた。
「あらあら、叶麒は外に行くと必ず何かを絡ませて帰ってくるわね、腕に紡ぎ糸が絡んでいるわよ」
重ねた右手を見つめ楽しそうに笑うものだから叶麒は困ったように微笑み返す。
紡ぎ糸は人の目には見える事はない、だが人ならざる者や神憑りした者、それに近い者にははっきりと白く光りを放つ糸が見える。
「奏人のお客ですよ、とても素敵な記憶を持っているようでした」
「なるほどね、温かいわねそれ……そういえば、歩夢君は元気だった?」
菊緒は紡ぎ糸に触れ微笑む。
「元気でした」
「そっか、顔を見せて欲しいって言ってくれた?」
「……ええ、言いました」
「……間があるわよ叶麒、本当に言った?」
叶麒は目を細めてゆっくり頷くのを見て、菊緒はとても重い溜息を吐き出した。
「また奏人君を怒らせるような言い方したんじゃないの?だから連れてきてくれないのだと私は考えたの、あの子の為に着物仕立てたのよ着せたいわ」
「なら俺が持って行きますが」
「私が見れないじゃない!そんな事言うと此処から出ちゃうんだから」
菊緒は叶麒の横を通り過ぎ門へ向かおうとし、慌てて腕を掴み止めた。
「分かりました!ですから無謀な事はしないでください。すみません、少々ふざけ過ぎてしまいました。今度会ったらちゃんと伝えますので、俺から離れないでください」
菊緒は振り返り笑顔で見上げ、掴まれていない方の手を叶麒の顔に近づけると、その手が届くように叶麒は腰を曲げ、小さく温かい手は頬に触れ優しく撫でる。それが心地良くて目蓋を閉じた。
「良い子ね叶麒、じゃあ帯選び手伝って頂戴。楽しみだわ~歩夢君に会えるの」
「いつになるか分かりませんよ?」
「いいわよ?時間なんていくらでもあるもの、それに夢渡りで忙しくなりそうだしね。巡回の方は頼んだわよ叶麒?」
「御心のままに」
叶麒は膝を折り跪くと二人の間に優しい風が舞った。
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勇は夕日に照らされた家の中庭に立っていた、目の前には背を向ける父の姿とそれを見つめる青年の自分の姿が映し出され、これは夢なんだと気づく。
父の背中はとても広く愛用の背広を着ている。黒髪には数本の白髪が混じっている。顔はどうだっただろうか?と思い出そうとするが記憶に霧がかかったように思い出すことができない。
「 」
夕日を眺める父が何かを呟いた、重みのある低い声は後ろに立つ勇みには聞き取る事が出来なかった。
目を家の縁側に向ける、青年はただじっと父を見つめ握り拳を作っている。
記憶の奥底に眠っていた思い出、これはいつの日だろうかと考え込むと後ろから声をかけられ振り返る。
「いいね、おいしそうな夢」
そこには真っ黒な霧が漂っており、その中から青年の弾むような声が響いてくる。
「誰だ、昨日の奴らか?」
「は?昨日?・・・・・ふぅーん、そっか。先を越された訳ね」
霧はゆらゆらと動き、青年の声は何か不愉快そうに呟いた。
「昨日の奴らとは違うのか?」
「違う・・・いや、違わないか?同じであって同じじゃない、でも同じ・・・ぶっははは」
「な、なんなんだ」
「あんたさ、嫌いなんじゃないのそこにいる父親」
狂った様に笑っていた声がピタリと止み、勇の後ろにいる父に意識を向けさせる。
勇は振り返り父を見た、するとそこには此方を向いている姿がある。
「親父・・・?」
顔は黒煙に覆われ顔が見えない。
「嫌いだから顔も思い出せないんだろ?憎い思いがあるから思い出したくも無いんだろう?」
「違う、憎んでなどいない」
「へぇ、でも過去のお前は憎んでるじゃん、見なよあの拳。すっごーく震えてる」
縁側にいる青年は、ただじっと父を睨みつけて立っている。それに気づいたのか霧に覆われた顔を青年に向ける、威圧的な雰囲気に一瞬逃げ腰になったが唾を飲み込みその場に留まった。
「勇か」
地面を這うような声が青年を呼ぶと、その恐ろしい声に勇は身震いする。
「……父さんは何をしているんですか?」
「夕日を眺めていただけだ」
父は再び夕日の方へ体ごと向け、青年もまた夕日を見つめた。
「母さんが泣いていましたよ」
「……そうか」
父は何も言わずただ真っ直ぐ前を見ている、それが気に食わなかったのか拳をさらに強気握り締める、それを見ていた勇は霧の中に隠れている記憶を微かに思い出していた。
「……そうだあの日の事か」
「へぇ、思い出せたんだ凄い凄い。ねぇ・・何があったの?教えてよ」
その声に導かれるように勇は口を開いた瞬間、言葉を紡がせないように空気が震え出す、辺りを見渡すと木々が大きく揺れ空間が歪んでいる。
青年の声が風にかき消されて聞こえないが、口の動きを読み何を言っているのかが分かった。
『何を隠しているんですか』
その後に続く言葉は父の言葉で遮られたようで、青年は目を見開きしばらくすると俯き、頭を垂らした状態で踵を返し、そのまま縁側を後にしてしまった。
残された父はその背中を見えなくなるまで見守り、自分も青年とは反対の方向へと歩いていった。
庭に残ったのは勇と黒い霧だけとなった。
頬に感じる風に緑の匂い、夢の中だと忘れてしまう感覚。
「これは夢?それとも現実?私はなぜ此処にいるんだ……」
「あーあ、邪魔が入っちゃった感じかなこれ」
勇が考え込んでいると、後ろからつまらなさそうな声を上げる霧があった。
声は先程より鮮明に聞こえ振り返るとそこには、目を疑うものが立っていた。
「獏?」
「ん?そっか“昨日”も見たんだっけ?」
そこに居たのは藤色の瞳で全身が漆黒の獏、原型が留まっていないようで所々が歪んでいる、瞳が細くなり笑っているのだと分かった。
「ねぇ、オレに頼みなよ“この夢を獏にあげます”って、そういえば貰ってあげる。見たくないんだろ?こんな夢」
黒獏は一歩前に足を出す、踏まれた地面は黒に染まる。また一歩足を出す、ゆっくりと楽しむように、そして相手に考える猶予を与えるようにゆっくりと近付いていく。
距離が狭まった時、黒獏は動きを止め何かを感じ取ると前足に力を入れ勢い良く飛び上がり初めにいた場所へと戻ると同時に、黒獏が立っていた場所に鮮やかな文様が浮かび上がると、中から眩い光の鎖が飛び出す。鎖は黒獏を捕えようと生き物のようにうねりだすが、黒獏はそれを身軽に避け続ける。
「また邪魔すんだね、あーもうしつこい!邪魔しないでくれない?」
「なら大人しく捕まれ。こちらとしてはその方が有り難いな、仕事が減って」
声は空間に響き渡り、声の主は見当たらない。鎖はなおも黒獏に襲い掛かっり、獏はそれをするりと避ける、勇はその光景を見ていると脳に直接男の声が響いてきた。
(今のうちに逃げろ)
「え?どこから声が」
辺りを見渡すが、いるのは鎖に追われている黒獏の姿だけ。
(周りを見るな、黒獏に気付かれる)
「何者なんだ」
(名乗る程の者ではない。今から俺が時間を稼ぐ、そのまま振り返り光りの中へ走れ)
「どういう事だ?」
(現に帰りかければ指示にしたがえ、お前を加護する糸を辿って――さぁ行け!)
地面には複数の紋様が浮き上がり黒獏に攻撃を仕掛け始める、流石に黒獏も動きが鈍く動揺した。
勇は力強い声に従い踵を返すと、目の前には白の世界が広がっており、その白に微かな恐怖が生まれたが何かに導かれるように走り出す。後ろからは黒獏の引きとめようとする声が聞こえるが振り返らずに走り抜けた。




