第一夜 繋がる②
入店してきたのは、白髪交じりの短髪で威嚇するようなキツイ目、口は一文字に閉じられ気難しそうな雰囲気の四十代前半くらいの背広姿の男が一人。
背広の素材はフランネル、色はチャコールグレーのピンストライプでシングル三つボタン、ウエストのラインを絞りスマートに見せる英国風のデザインはとてもお洒落ではあるが、若干男性の体と合っていないように見える。
「え……あ、ここは……」
男は何故自分が此処に来たのか分からず、物珍しそうに店内を見回している。
声も深みがあり、気難しい仕事をしているのだろう。
「仕立直し屋《奏》へようこそ、本日はどういったご用件でしょうか?」
男より少し背の高い奏人は、緋色の瞳を細めて右手を胸に当て、腰を折り微笑むと男は一瞬驚き、気まずそうに一歩後ろに身を引いた。
「仕立直し屋だって?」
「はい、外に立て看板があるのですが……と言っても、見難い位置に置いてあるので本当に【用事】が無ければ気付かないんですけどね」
「私は別に用はないんだが」
「そうですね【お客様】にはないでしょうね、用があるのは別の方のようです」
「は?」
奏人は男を見ずに背広を見据える、何かを調べているように緋色の瞳は鋭い。
男は居心地が悪そうに視線を泳がせ、気味が悪い店へ入ってしまった、早く出ようと踵を返し玄関を向きドアノブを握ったところで、奏人が何かを理解したように小さく頷き男に声を掛けた。
「そちらの背広、結構型崩れしていますね」
「なに?」
男はドアノブを握ったまま、奏人の方を睨み付けるように顔を向けた。
「しかし素晴らしい!高品質の生地を使っていらっしゃる、今の日本では希少の部類に入るのではないでしょうか、何方から譲り受けたものですか?」
背広に視線を下ろし無意識に見頃に触れる、自分より少し大きめの背広、袖も若干長い。
男の目は微かに揺れ表情を曇らす。
「これは私の父から譲り受けたものだ、年期が入っているのは確かだな」
「お父上様から、それは素晴らしいですね!父から子へ受け継がれる、その分、服には想い出が刻まれていく、いやー本当に素晴らしいです。そうですか、体との大きさが若干合っていないのもそう言う事でしたか、なるほど」
奏人は両手を広げ瞳を輝かせる、男に語る姿はまるで舞台の一場面を見ているかのようだ。
「奏人さん、お客様引いてます」
奏人の後ろで黙々と作業をしていた歩夢は、溜息交じりで奏人の横に立つ。
「申し訳ございませんお客様、主は少々表現が激しいもので、お気になさらないでください」
深々と頭を下げると奏人は無表情になり歩夢を見下ろした。
「歩夢、なんんだいその言い方は」
「もし宜しければ背広の仕立て直しなど如何でしょうか?あ、無理にとは言いませんが」
顔を上げた歩夢はニコリと微笑み男を見た、
「無視かい?」
「いえ、反論するのが面倒でしたので」
「主に向かって失礼だよね」
二人の言い合いを気にする事無く、男は静かに考え口を開く。
「少し考えさせてくれないか、これを今渡したら秋の夜風で体が冷えてしまうからな」
「そうですね、失礼しました。では、気が向きましたらまたご来店ください」
何やら文句を呟いている奏人を完全に無視し、歩夢は笑顔で接客をし頭を下げた。
男は少々戸惑いながらも「では」と言って店を出て行く。
「――って、聞いてるのかな歩夢?」
男が去った後も奏人は不満げに歩夢を見下ろすが、その視線も跳ね飛ばして再び奥の作業場へと戻り、奏人もその後を追うように奥へと戻りミシン台の前に腰を下ろし、じっとりとした目で向かい側にいる歩夢を見る。
歩夢はそんな奏人を一瞥するも、何も無かったように作業を始めた。
緋色の瞳で睨まれれば、この時代の人ならば恐れて逃げるだろう、しかし慣れてしまえば気にならない、不満げにしているがそこまで怒っている訳ではないと歩夢は知っている。
「あのお客様どうでしたか?」
手を動かしながら問い、奏人は腕を組み天井を見上げ小さく唸った。
「んーそうだね、不器用な感じかな」
「不器用、ですか?」
「そう不器用で気難しいね。でも彼は必ずまた来るよ、絶対にね」
「その自信は?」
「僕だからね」
「……そうですか」
奏人は小さく笑いミシンを踏み始め、作業場は軽やかなミシンの音と時計の時を刻む音が響く。
お互い作業に集中すると時間の感覚が鈍る、俯き過ぎた首は疲労が溜まり、重い頭を上げて首を鳴らし歩夢はふと時計を見る、思っていたより時間が過ぎていた事に嘆息した。
「奏人さん、珈琲煎れて来ましょうか?休憩しましょう」
「え?ああ、そうだね頼むよ」
陽の入っていたレースカーテンの外は暗く、裏路地という事もあり街灯の明かりも少なく薄暗い。歩夢は二階へ上がろうとすると、後ろから呼び止められる。
「あ、待って」
振り返るとそこには椅子を引き立ち上がった奏人の姿、彼は度玄関を出ると立て看板を店内に入れ扉の鍵を閉め、ボルドーの別珍カーテンも隙間を出さずに締める。
「あれ、もう閉店ですか?」
奏人は振り返り優しく微笑む。
「本業の準備をしないとね、こっちの紡ぎは間もなく終わるから明日に回しても問題ない」




