第一夜 繋がる①
夕暮れ空の銀座煉瓦街、大通り沿いには洋風二階建ての店が並び、老若男女で賑わっている。
路面電車を降りた歩夢は、昼から夜に移り変わる空を見上げ目を細める。
清潔なワイシャツ、胸元には琥珀石を嵌め込んだポーラー・タイ、黒のベストに足の細さを強調させるストレートのパンツ姿。
象牙色の癖のない髪を前下がりに肩の位置で切り揃え、長い睫の奥には琥珀色の大きな瞳に白乳色の肌、中性的な顔立ちは浮世離れしている。
道行く人達はそんな歩夢の容姿を見るや、立ち止まって振り返り囁き声が聞えた。
「異国人か?」
「役者さんかしら?綺麗な青年ね」
「よく此処を歩いていらっしゃるわよね、この近くに住んでるのかしら」
などと様々な事を言われているが、当の本人は全く気にしていない様子で人の行き交う道を歩きながら空を見上げる。
「黄昏時……」
聞き心地の良い中性的な声は、喧騒の中に静かに消えた。
大通りから一本道を外れると、空間が切り離されたように一気に静かになる裏路地、華やかな表舞台とも言える大道りとは異なり、舞台裏、銀座の影のような世界がここにはある、華やかではないが歩夢にとっては心地の良い空間だ。
さらに奥へ進んで行く、同じ様な煉瓦造りの建物が並んでいる中に一件だけ、周りとは異なった雰囲気の建物が見える、夕日に照らされる姿は挿絵の様に美しい。
玄関の両側には出窓があり、夕日の光りを室内へと注いでいる。
右の出窓の下には《仕立て直し屋奏》の立て看板が目立たない位置に置かれており、仕事を求めているのかいないのか分からない状態ではあるが、扉の向こう側からはリズミカルなミシンの音が聞こえてくると言う事は、仕事が無いわけではない。
チリーン――
玄関扉を引くとドア・ベルが鳴る、玄関の正面には木製のカウンターが配置されており、お客様が入店した際にお預かりする衣類をそこで受け取る。
カウンターの右側の壁沿いには、ボルドーカラーの別珍で出来たカーテンで仕切られた試着室がある、そこで仕立ての採寸や試着を行う。
その横には間仕切りの壁、壁の向こう側にはミシンが二台置かれ、現在一台のミシンが仕立て直し屋の主人によって稼動されている。
部屋の中央には一枚板で出来たテーブルがある、裁断や解きなどを行う作業台として使用している。
その他の壁側には、色とりどりの糸や反物、お客様から預かっている衣類を保管している棚が配置され、正に職人の仕事場の空間がそこにはある。
その奥には二階へと続く階段が見える。
広くない空間ではあるが内装はモダンな雰囲気があり、歩夢は気に入っていた。
「奏人さん。戻りました」
ドア・ベルの音がしても止まなかったミシンの音が止まり、間仕切り壁の奥から仕立て直し屋の主人が顔を覗かせ、歩夢の顔を確認すると優しい表情で椅子を引き立ち上がった。
皺一つないワイシャツは、だらしなく第二ボタンまで開けて鎖骨が見え、黒いストライプのベストに黒いズボン姿。
少々たれ目ではあるが人の心を見透かしているような緋色の瞳、陶器のようにきめ細かい白い肌に、鼻梁の通った端整な顔立ち、肩にかかる寝癖のようなクシャクシャの漆黒の髪、目を覆ってしまいそうな程に長い前髪は右分けに流している。
長身で体の線は細く、腕まくりしている腕には適度に筋肉が付いている。
「お帰り歩夢、ちゃんとお使いは出来たかな?寄り道はしてない?木村屋とか行ってない?あそこのあんぱんは美味しいからね、一人で食べました、なんて言われたら悲しいよ?」
わざとらしく眉を下げ、物腰の柔らかい声で問う。
「子ども扱いしないでください」
顔を顰めながら近付いて来た奏人を見上げる、彼は悪戯っぽい微笑み歩夢の頭を優しく撫でた。
「歩夢は方向音痴だからね、僕の渡した地図が無ければ完全に禍時に帰って来てしまっていたと思うのだが、どう思う?」
歩夢は唸り声をあげ、二階へ続く階段の横に立つ柱時計を見た。間もなく禍時になる時刻を針が示している。
「……はいそうです、奏人さんのおかげです。ありがとうございます」
棒読みで感謝を述べ作業台へと向かい作業途中の着物に触れる、その一連の動きを納得いかないと不満な表情で見る。
「歩夢、本当に感謝してる?」
「シテマス、シテマス……さぁ、仕事、仕事」
歩夢の背後に立ち肩に手を置く、布越しでも分かる程の冷たさ、室内はそこまで冷えている訳ではない、寧ろ温かい。
「今日も冷たいですね」
「イヤかい?」
「別に、嫌じゃありません」
冷え性の奏人に触れられることは嫌ではなく、寧ろ安心感があり落ち着く。
肩に触れる手が微かに動き、何かあったのかと奏人を見ると彼は玄関を見ていた。
間もなくドア・ベルが部屋に響き渡る。
「いらっしゃいませ」
奏人は営業の笑顔を作り玄関に向かった。
歩夢は肩に残った手の感触に少しだけ残念そうに眉を下げ、目の前の着物の直しを始めた。
「いらっしゃいませお客様」




