第四夜 夢見様②
無作法にも神聖なる空間に、目だけを露出して他は白い布で顔を覆った男が一人、土足で戸口の前に立ち、杼を動かすのを止めた霧人は怪訝な表情で男の足元を見た。
「人の家に土足で勝手に上がるとは、とんだ無作法者が来たもんだな」
「黙れ化け物が、お前のような奴がこんな扱いを受けるなんざ納得いかねぇんだよ!」
やれやれと霧人は男の方に体を向けた、すると男は身構え体の前で拳を構えるが微かに振るえて屁っ放り腰で、それを見て鼻で笑い両手を挙げて攻撃はしないと示した。
「俺に何か用で此処まで来たんじゃないのか?手短に用件を言って帰ってくれないか、此方は忙しいんだ」
「何が急がしいだ」
「見て分からないのか」
再び織機の正面に体を向け杼を掴み織り始める、音を耳にして男はゴクリと喉を動かし口を開く。
「お前の作った反物を少しよこせ、それは高値で売れると聞いた」
「そんな噂を信じるのか、暇な奴だな」
「紡ぎ師が作るものは縁起が良い、それを衣にすれば未来永劫飯に困らないってな!」
男は土足でドカドカと中へ入って辺りを見回し、反物を品定めすると近場の反物に手を伸ばした。
だが、反物からは無数の紋様が浮かび上がり、男を拒み手を弾いた。
「な、なんだこれは!」
男は手を押させて後ずさり、霧人は後ろで起きたであろう現象に肩を震わせ笑った。
「その反物は、お前のような欲深い者の元へは行きたくないってさ、本当に哀れな男だな」
「んだと?」
「化け物が作った物なのだから、それもまた普通の反物ではない、分かったら帰ってくれないかな無作法者」
霧人の背を睨み、怒りと羞恥に拳に力が入り呼吸が荒くなる、布で隠された顔は恐らく鬼の形相になっているのだろう。男は霧人の真後ろに立つと拳を振り上げた、それを背に感じると霧人は困ったように肩を竦めてから振り向くと、真紅の瞳は怪しく光り振り上げられた腕を止め、男は小さく悲鳴を上げて数歩下がり、床に転がっている反物に足をとられて尻餅をつく。その姿を横目に、霧人は静かに立ち上がり目を細め、男を見下ろし首を傾げた。
「おいおい忘れたのか?俺は人を一人殺めてる、もう一人殺めた所で咎は変わらない。だが、穢れきった奴を手に掛けるほど落ちちゃいないんだ、命欲しけりゃ帰んな」
冷たい視線を浴び、男は膝を震わせながら後ろへ下がる。霧人は優しい口元に薄笑いを浮かべて冷たい床をヒタヒタと歩き男の足元に立つ。
「汚い手でベタベタと触って――立てないの?早く出て行ってくれないか、邪魔だ」
「あ……ぁ」
「話にならないな」
左手を翳すと男は勢い良く立ち上がる、手をそのまま扉に向かって平行に流す、体は手の動きに合わせて戸口を飛び出し、石畳に体を打ちつかれ小さく唸り声を上げて神殿を見て、怯えるように足を震わせて一目散に鳥居に向かって走り去った。
開け放たれた戸口に腕組みして寄りかかり、しばし庭園を眺めていたが、何かに呼ばれたように中へ戻り、間もなく出来上がる織物に触れた。
「これをあの子に託すか、それがいい」
小さく微笑み杼を掴むと最後の仕上げと織り始めた、織物に霧人の思いが丁寧に編みこまれていくのが光となって見える。
隅に佇む夜霧は自分を抱きしめるように羽織りを抱きしめて膝をついた、目の前で織られているのは紛れも無く今自分が羽織っている物だった。横に立つ歩夢は夜霧を見下ろしたが、声を掛けることなく再び正面を見つめた。
過去に生きた紡ぎ師の姿を無意識に奏人に重ねてしまい、咄嗟に頭を振って頬を叩いた時、外から走る足音が聞こえた。音は次第に大きくなり近付いてくる、手を止めた霧人は顔を外に向け優しい眼差しで足音を迎えた。
「ただいま霧人!帰ってくる途中で変な奴が此処から出てくるの見たんだけど、何かあった?何かされた?」
息を切らせ心配した表情の夜霧を見て、問題ないとおどけた表情をする。
「夜霧は心配性だな、俺が簡単にやられると思うか?土足で入って来て反物を奪おうとしたからお帰り頂いたんだよ、丁重にね」
霧人は片目を閉じ微笑んだ。
「あれが、丁重に帰らせたのですか?」
「俺もあんな姿初めて見た、あれは荒いだろ」
隅で傍観する二人はちょっとだけ意気投合した。
「織物もう少しで出来上がりそうだね、いつみても霧人の作る物は綺麗だよね」
「そう?今回のは特別、出来上がったら羽織りを作ろうと思う」
「羽織か、いいね。楽しみだ」
霧人は立ち上がり一瞬だけ視線を隅に向け、愛しむように微笑むと夜霧の腕を掴み上座に向かった。
「さぁ夜霧、今日はどんな面白いものを見つけてきたか聞かせて!」
「そんな引張らなくてもついていくから、話は逃げないから落ち着きなよ。オレ達には時間は沢山あるだろ」
「そうだね、生きているうちはね」
夜霧は苦笑して背中に問うが、霧人がどんな表情で聞いているのかは見えないが、その言葉にはもう既に先の事を知っているかのような色を感じ、歩夢の心がざわめいた。
「もう、やめてよ」
夜霧は弱々しく訴えるも歩夢はただ真っ直ぐ前を見据える。
「その願いを聞き入れたいのですが、私には無理なようです」
落ち着いた口調ではあるが動揺の色が見える声色で、夜霧は顔を上げて見たのは白い光りを放つ糸が体に巻きついた歩夢の姿で、糸の先を辿るとそれは夜霧の羽織の裾から伸びていた。
「なに、これ」
「どうやら最後まで見るまでは帰らせない、ということでしょうか」
体に巻きつく糸は意思を持っているように動き、糸を数本掴み上げて見つめていると空間が張り詰め、新たな記憶を見せ始めると途端に夜霧が険しい表情になり震えだし視線を正面から外した。
季節は春のようで、桜の花弁がひらりひらりと心地よい風と共に入ってくる。霧人は縫い物をしていた手を止めて外を見つめ、夜霧はその横で風呂敷を広げて反物を包んでいる。
「ねぇ、これ本当に売るの?」
「ああ、此処に置いていても宝の何とやらって言うからね。結構溜まってきたし、それに厄介ごとに巻き込みたくないしね」
「は、厄介ごと?」
「こっちの話だから気にしないで、さぁほら行って来な。お前が帰って来る頃にはこの羽織りも出来上がる、これはお前に託すよ」
風呂敷包みを背負い立ち上がり驚いた様に霧人を見下ろすと、彼もまた夜霧を見上げて微笑んだ。
「なにをそんなに驚いてる?」
「え、だって、羽織りをオレに?」
「いつも外の世界の事を教えてくれるし、話し相手にもなってくれてる、俺は感謝しているんだ、ありがとな」
「なんだよ突然、変なものでも食べたりした?」
「失礼な奴だな、ほら早く行って来いって」
「う、うん分かった。行ってきます!」
「行ってらっしゃい、夜霧」
外へ出た背中を見えなくなるまで送り、再び針を動かし羽織を仕上げに掛かる。
どれ程の時間が経ったのだろうか、霧人の集中力は途絶えることなく黙々と作業を進め羽織を完成させ満足そうに頷くと、気配を感じ戸口を睨み付け口の端を上げ笑んだ。
「おやおや、懲りずにまたやってきたのか。今度はお友達も一緒のようだね五人か、まったく哀れなものだな結果は見えているのに」
戸口からは、布で顔を覆った五人の男が入ってくると霧人を囲み見下ろした。
「残念だけど反物はもう此処にはない」
「んだと?どこに隠した」
「さぁね」
主犯である男が四人に室内を探すように指示する、だが何処を探しても見つからず、霧人の胸倉を掴み上げ問いただすが、微笑を崩さず口を閉ざし続けた。
その反応が気に食わず、霧人を床に叩きつけると男達は一斉に殴り始め、それを見ていた夜霧は大声を上げて止めに入ろうと足を出そうとするが、床に張り付いて動くことが出来ない。
「なんで、なんで動かないのさ、獏なのになんで!」
目の前に広がる光景はあまりに酷かった、抵抗せず暴力を受け続ける霧人は床に転がり、男達は容赦なく殴り、蹴り罵倒した。
「やめろ、なんで……霧人が何をしたって言うんだよ、もうやめてよ!」
夜霧の悲痛な叫びに共鳴するように、羽織から伸びる糸は振るえ、歩夢の体をきつく締め付け、小さく唸った。
しばらくすると、男達は肩で息を吐くと殴るのを止め、霧人を見るが目蓋を閉じたまま動く気配を見せない、口の端には血が滲み、頬や額には痣が広がり、美しい着流しは汚れて裾から見える白い足にも痣が見え、夜霧は泣き叫び男達を罵倒するが過去の人には声は届かない。
「霧人、なんで抵抗しなかったのさ、霧人ならそんな奴ら倒せたのに」
男の一人が霧人の顔に足を乗せた。
「なんだこいつ弱いじゃねーか」
「お、おい本当に大丈夫なのか?夢見様つったら昔一人の女を殺したって言うじゃねーか」
「んなの噂だろ、おい、此処の金になりそうな物は全部もって引き上げるぞ」
殺風景に等しい室内から金品を集めると、最後に霧人が握り締めていた羽織りを奪った。
「お、これ上物じゃん、これは高く売れるな」
お互い目を合わせ頷くと、戸口に向かい歩き出すと扉が勢い良く閉じると、一瞬にして空気が冷たくなり、背筋に嫌なものを感じ男達は立ち尽くす。
「おい、その汚らわしい手で俺の羽織りに触れるな」
ぞっとするほど冷たく押し篭った声が背後から聞こえ、振り返り霧人を見た男達は声にならない声をあげ足を振るわせた。
そこには漆黒の髪は靡かせ、真紅の瞳は怪しく光り意地の悪い微笑みを口元に浮かべて立っている。
「お、お前生きてたのか」
「誰が死んだと言ったよ。その羽織は大切な子へ託す物、返してもらえるか?」
右手をゆっくりと羽織を持つ男に差し出すが、男は恐怖で体は振るえて足を動かすこと
が出来ずにいると、霧人は別の男に目を向け何かを呟いく。
「う、ぎゃぁぁ!」
男の足元に白い文様が浮かび中から無数の糸が体に巻きつき、糸は容赦なく締め付け男に苦痛を与える、そして目を見開き頭を抱え床に転がった。
隣にいた男は状況が掴めず抱き起こすが、正気を失った男の瞳は瞳孔が開き、口は半笑いしてる。
「お、おい……大丈夫か?」
「化け物、こいつに何をした!」
主犯格の男は、つかみかかるように怒鳴るが、なにを言っているのかと首をかしげ冷たい顔の下から笑いの表情が現れる。
「さっき殴られたお返しってやつ、俺は暴力って嫌いだから」
「化け物が」
「そう思うならそうなんだろうな」
「人でなし」
「はは!そっくりそのまま、その言葉返す」
霧人は笑いながら呟き怯えきった男達を見ると、一人また一人と叫び声を上げて最初に倒れた男同様に床に倒れ、逃げようと扉を押すがびくともせず、霧人の足元から文様が床に広がり逃げる事を許さず、残っているのは主犯格の男と羽織を持つ男のみとなっていた。
「あははは。脆いな、人は簡単に狂うね俺の夢の中を見ると」
「な、なに言ってんだ」
「まぁ直ぐに分かるさ、とりあえず返せよ羽織り。時間が無いんだ」
真紅の瞳を更に光らせ睨みつけると、羽織を持つ男が悲鳴混じりに喘ぎ、焦点の合わなくなった目は天井を見上げ崩れ落ち、残されたのは主犯格となると霧人は冷笑を向け「来い」と呟いた。
男の額には粒の汗が光り、声を出せずに唇をわなわなさせて床に落ちた羽織を掴むと、床をするような足取りで歩き出す。羽織を片手で抱え、もう片方の手は背に隠している、その手には小刀が握られており、それを見た夜霧は霧戸人に伝えようと叫ぶと、一瞬だけ目が夜霧を見て苦笑してから男に視線を戻した。
震える手でゆっくり羽織を差し出され、霧人は右手で受け取った瞬間、男は声を荒げて小刀を勢いよく腹に刺す。
「っく…はは、愚か者が」
霧人は小さく唸り、体が刺された痛みに支配され表情が強張る。小刀を引き抜き、逃げようとする男の体を逃がさないと左腕を背中に回し動きを押さえ薄く微笑みを浮かべ、手の甲には霧の文字が浮かび空間全体に紋様が広がると、男の耳に顔を近づけ静かな声で囁いた。
「夢、夢、夢、誘い生き迷え、朧道」
「うがぁぁぁぁ!やめろぉぉ、見せるな!やめろぉぉ、やめてくれ!」
必死に霧人から離れようと藻掻くが細い腕の力は強く、その力は徐々に強さを増し男の背骨は鈍い音を出す。
「あぁぁぁ、やめろ、羽織は返した、だろうがぁぁ!」
上擦った声、息は絶え絶えに霧人に言葉を投げるが返事はなく、ただ鼻歌が聞こえる。
軋む体に脳へ直接流れる紡ぎ師の夢は男を狂わせ始め、言葉にならない声を上げて漸く霧人は動いた。
「死ね」
男の体は白い霧に包まれると悲鳴を残し消え、空間に広がった紋様は静かに消えると霧人は膝を折り前へと崩れ、床には血溜まりが広がった。
「霧人」
夜霧は主の最期を見つめ唇を震わせた。しばらくすると、軽やかな足音が扉の外から聞こえると、悔しそうに拳を作り視線を落とした。
「霧人ただいま!」
勢い良く扉を開た夜霧は、目の前に広がる光景に息を飲み、笑顔は一瞬に青ざめていく。理解できず立ち尽くし、ゆっくりと霧人に近付き体を抱き起こした。
「霧人……?」
何が起こったのか理解出来ずに、横たわる男達を跨ぎ中へ入ると、中央に横たわる霧人の体を抱き起す。閉じられた目蓋は硬く閉ざされて肌の血色は失われ、頬に触れると少し前まで生きていたであろう暖かさが残っている。
「ねぇ、ただいま霧人」




