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第三夜 迷い人②

 源三郎の視線は勇の横に向けられた、そこには奏人の姿はなく仕立て直ししている筈のジャケットを着た男性が立ち勇を見下ろし微笑んだ。


「それはわたしの父から受け継いだ物、父から息子へと繋がられる、次はお前だ勇」

「親父…なんで病を隠して、私達から離れたんですか?」

「父親とはそうであると、そう思っていた。わたしの父がそうであったように、自分もそうならなければと――」

 源三郎は一歩前へ足を歩み、そしてまた一歩とゆっくり勇の前へ歩み寄る。


「でも違っていた、お前と和樹の姿を見て分かった。わたしと同じ道を歩もうとするな、後悔は先には立たない」

「そんな……じゃあ、私はどうしたらいいですか!父に近寄ることも許されなかった私には分からない。それに親父が残してくれた事業だって守らなければいけないじゃないですか!」

 勇は源三郎の胸倉を掴み叫ぶ、源三郎はその手を優しく掴むと首を横に振り胸倉から手を下ろさせる。


「仕事に生きるな、家族と共に生きなさい。お前は和樹に寂しい思いをさせてはいけない、でなければあの子は迷いから抜けられないぞ」

 その言葉で勇は和樹の現状を思い出し、源三郎から数歩離れる。


「そうだ和樹が眠ったまま目覚めないんです、母さんは心配いらないと言っていましたがもしかして私に関係があるんですか?」

「やはり子は親を求めるものの様だ、在りし日の思い出に縋り帰り道を見失ってしまったらしい、まだお前に笑顔があった頃だな」

 自分の行いを思い返し、いつしか全ての行動が源三郎を真似ていたことに気付く。

 勇は肩を下ろし俯くと、その肩を源三郎が二度叩き苦笑した。


「お前はお前の道を行け」

「源三郎様、お時間です」

 夕日に照らされる奏人は二人に背を向け時間を告げる、源三郎は小さく頷くと踵を返し勇に背を向け歩きだす。


「親父?」

「生ける者の世には死者はずっとはいられない……最後に話せて良かった」

「ま、待ってください、まだ聞きたいことがあるんです!」

 足は地面に貼り付けられたように動かず、勇は腕を伸ばし叫んだが源三郎は振り向く事はなく奏人の横に並ぶ。

 奏人はインバネスコートが風に靡く、緋色の瞳は真紅に染まると光りを放ち、左手を源三郎に差し出す。


「夕日が沈み夜になります、あとの事は貴方に受け継がれたジャケットに尋ねると良いでしょう。彼は想いと記憶で生きていますから的確な答えをくれますよ」

 源三郎は奏人に深く頭を下げ右手を乗せる、体は一瞬にして光りを放ち一つの星となり奏人の手に乗った、それを確認すると手をゆっくり翳して夜空を仰ぐ。

 星は淡く温かな光りをゆらゆら放ち、最期の別れを惜しむようにゆっくりゆっくりと空へ昇り、地上を見守る一番星となった。

 勇は星の瞬きを目に焼き付けようと時間を忘れて見つめていたが、カチリと何かを閉じる音が耳に届き横を向くと、懐中時計をインバネスコートの中にしまう奏人が勇を見て微笑する。


「では和樹君をお迎えに参りましょうか」

「そうだな」

「そこでお聞きしたい事が一つあります、和樹様の体に何か異変などはありませんでしたか?」

「異変?……確か肩から首にかけて紋様が浮かびあがっていた。それは少しずつ生き物のように動いていたな」

「黒獏ですね……急ぎましょう」

「黒獏」

「夢見る者が息絶えるまで夢に酔わせて、その夢を喰らう。まさか、迷い人にまでさせるなんて欲張りな子ですね。さぁ僕の手を掴んでください、行きますよ」

 左手を差し出しその上に右手を乗せる、足元からは紋様が浮かびあがり金色の糸二人を包み込むように空に伸び上がった。

 重力は失われて地面から足が離れ空を舞った。


「そういえば前に見た獏はいないのか?」

「あの子は先に和樹様を探しに行っています」

 一定の位置で体が止まると、糸は紋様の球体となり二人を包み込んで消えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 上弦の月が夜空に浮かび、地上からは祭囃子と賑わう人の声が響いている。甘い匂いと香ばしい匂いは大人も子供も胸躍らせる。

 面を付けた老若男女が行き交う屋台通りで、歩夢と叶麒は人を掻き分けながら和樹を探している、しかし見たことの無い少年を探すのは至難の業で二人は微かに眉間に皺を寄せている。

「この人混みは、完璧に妨害されていますね」

「だろうな、簡単には捕えた獲物を奪われたくはないだろう。歩夢、この人混みから少年は見つけ出せるか?」

「はい、人に見えても実際は幻に過ぎません。ですが罠が張られている可能性もありますので慎重に探さなくてはなりませんが、必ず探し出します」

「頼もしいな」

「奏人さんの教育です」

「流石」

 叶麒は面白そうに笑い、歩夢は苦笑した。人が溢れかえり、それを掻き分けて行くもなかなか前へ進むことが出来ない。

 だが、確実に琥珀の瞳には一本の糸が見えていた。仄かに煌めく温かく幼い糸を辿り、一歩一歩前へと進む、人の間から時々見える鳥居の道を見つけると歩夢の表情は険しくなった。


「このまま奥に行ってはまずいですね、あの鳥居の奥へ行けば本当に帰り道を見失ってしまいます」

「だろうな、急ぐぞ歩夢」

「はい!……」

 二人は人を掻き分け前へ前へと進む。

 和樹は両親に手を繋がれて屋台を見てまわっていた、金魚すくいに輪投げに射的、飴細工に焼き鳥、赤提灯が屋台を照らす。


(楽しいなぁ、このままずっとこうしていたい)


 おかめの面を着けた母と、ひょっとこの面を着けた父に両手を握られ和樹ははしゃいだ、今が何時で此処が何処かなど考えることすら忘れて、ただ純粋にこの時が永遠であれと願っていた。


「ねぇ楽しんでる?」

 声を掛けられ振り返ると、そこには夜霧が楽しそうに微笑んで立っていた。だが和樹にはそれが一体誰で、自分との関係性が思い出せずに首を傾げた。

 夜霧は和樹に近付くと、膝をついて視線を合わせ肩に右手を置いた。その瞬間、全てを思い出したように目を輝かせて声を上げた。


「夜霧お兄ちゃんだ!あれ……なんで僕、忘れてたんだろう?」

 気にする事は無いと、ニンマリした半端な笑顔で頭を撫でてやった。


「別に構わないさ、それより後ろから怖いモノが追い掛けて来ているんだよね。この鳥居の先に安全な場所があるんだ、そこに行けばもう現実世界に帰らなくてもいい、だから向かってくれるかな?」

 和樹は人混みの中に目を向けると、叶麒と歩夢を見つけ全身を震え上げた。

 周りの人は皆面を着けているのに、二人は面をしていない。歩夢の優しく強い瞳と目が合い体を強張らせて一歩下がった、。

 歩夢もまた和樹を見つけると、口を動かし隣にいる叶麒に何かを告げ、勢い良く人を掻き分けて来る。それに怯え夜霧にしがみ付くと夜霧は目を細めて肩を抱いて低い声で囁いた。


「此処はオレが食い止めておいてあげる、だから和樹はあの鳥居に向かって走るんだ、絶対に振り返っては駄目だからね―――いいね?」

「うん、分かった」

「いい子だね、じゃあ行って」

 体を離して背中を押すと、和樹は振り返ることせず、両親の手を引張り走り出した。

 一生懸命に走る後姿を見届け、夜霧は静かに立ち上がりこちらへ向かって来る歩夢と叶麒を一瞥した。

 右手を体の前に上げすばやく真横に動かし空間を切る、中から黒い霧が溢れると一瞬にして放射霧となり視界を失わせた。

 黒い霧に覆われた世界に、二人は足を止め辺りを見渡す。


「この霧を出したあの黒髪は黒獏か?」

「恐らく黒獏かと思います。そして、霧が立ち込める前に和樹様は鳥居に向かって走っていました……荒いですが致し方ありません、此処を突破します。この霧は叶麒さんには少々毒だと思うので私が道を切り開きます、私が通った道を追ってください」

「お前にも毒じゃないのか、俺が先に行くぞ?この程度どうってことない」

「大丈夫です、行きます。あちらに行けば黒獏が攻撃を仕掛けてくると思いますので、私が相手をします、なので叶麒さんは――」

「少年を助けに行けば良いんだな」

「お願いします」

 歩夢は獏の姿になると勢い良く走り、迷い無く黒い霧の中へ飛び込んだ。歩夢の通った道には琥珀色に光り輝き文様の道が作られ、叶麒はその道に立ち苦笑した。


「逞しいな、奏人の獏は」

 叶麒の体は五色の紋様に覆われ霧の中へ足を踏み入れた。

 黒い霧の出口に立つ夜霧は、感心したように口笛を吹き楽しそうに笑った。


「うわぁ体張ってる、女の子がするような事じゃないと思うんだけど?オレの霧に耐えられるかな、この世のあらゆる絶望を集めた霧、精神が弱ければ朽ちるけどどうかな―――へぇ面白い、今日はあのお兄さんはいないんだ」

 夜霧は視線を集中させ、霧の中に琥珀色の光りを見つけると面白そうに笑い、姿を黒獏へと変え待ち構える。

 琥珀色の光りは次第に強くなり、そして霧を散らしながら飛び出し、勢いを緩むことなく夜霧に向かって突進する、だが夜霧は地面を蹴って宙に舞い、歩夢の攻撃をかわすと、霧の中から新たな気配を感じ視線を向け口元を上げた。

 琥珀色の道は消えることなく、その道から現れたのは五色の光りを放つ鬣に黒い肌の麒麟が神々しく佇み夜霧を睨みつける。


「珍しいね、角端(かくたん)か……」

「ほぅ、俺を角端と言う奴がまだ居たとは」

 叶麒は感心したように瞳を細めるが、今はそれど頃ではないと蹄を鳴らして走り出そうとしたが、夜霧は空中から勢い良く叶麒を目指し突進し、それを制するように歩夢が叶麒の前に立ちはだかり、勢いを緩めることなく夜霧は体当たりをした。

 歩夢は強い衝撃を受け、痛みに顔を歪めつつも体に力を入れ押し返し、その場から離れる事はせず夜霧を睨みつけ、押し返された彼は暫し距離を取り目を細めた。


「貴方の相手は私です黒獏」

「積極的だね、そういう子は嫌いじゃないよ」

「歩夢、大丈夫か?」

「この程度なにも問題ありません、叶麒さんは和樹様をお願いします」

 叶麒は軽く頷くと前を向き走り出す、蹄は地面より少し浮かせ足跡は鮮やかな光りを放ち、紋様が円状に広がる。

 夜霧は再び叶麒を追おうと動こうとするが、歩夢もまたそれを制するように前に出る。

「退いてくれない?」

「お断りします」

「即答?面白いね、んじゃあチャチャッと飼い獏ちゃんを倒して向かうとしようかな、お手合わせ願うよっ」

 歩夢は身を屈め警戒し、夜霧も身を屈めると歩夢が先手を取り走り出したが、夜霧は動こうとはせず、その場に留まり目を細め口の端を吊り上げた。


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