9話 通学路での一悶着
双葉に弄ばれ、星良と交際した怒涛の翌日、登校しようと玄関を出ると1人の女性が家の前に立っていた。
「あっ、おはよう誠也君」
とても美しい笑顔と共に朝の挨拶を交わしてくれる星良に、こちらも思わずほっこりと笑顔になる。
「おはよう星良。わざわざ待ってくれなくてもいいのに」
「何言ってるの。昨日ラインで一緒に学校行こうって約束したでしょ」
まさか忘れていたのとぷくっと頬を膨らませる彼女を宥めつつ、他の人間には見せない子供っぽい一面にドキドキと胸が弾んだ。
そこから学校を目指して通学路を俺と星良は並んで登校した。
移動中の何気ない会話、その1つ1つがとても新鮮で俺たちは笑い合っていた。だがそんな俺たちの和やかな空気をガラリと変える人物が現れる。
「ちょっと誠也、昨日のラインはどういう訳よ!? 何でブロックなんてしたのよ!!」
俺と星良の前に現れたのは双葉だった。その第一声は朝の挨拶などではなく、昨日のラインについての抗議だった。
彼女は露骨に不機嫌な表情を晒しながら、俺が口を開くよりも先に次々と言葉を投げ掛けてきた。
「あんな風にブロックされて私がどれだけ不快な思いをしたか分かってる? ちゃんと反省しなさいよ反省!!」
彼女の頭の中からは昨日の放課後の出来事が消し飛んでいるのだろうか?
ラインをブロックした事を反省しろ? 俺のことをあんな風に晒し者に仕立て上げ、傷つく姿を馬鹿笑いしておいて……。
「……ブロックして何が悪いんだよ」
俺の口からぼそりと出たこの呟きは双葉の耳には届かなかったが、隣に居る星良の耳にはしっかり届いていたらしい。
様々な感情が入り乱れ震える俺を支えるかのよう、彼女は俺の手を取るとぎゅっと握ってくれた。
そんな星良の行動が癪に障ったのか、双葉の矛先は俺から星良へと変更した。
「ちょうどいいわ。あんたにも昨日の事について色々と聞きたかったのよね」
「昨日の事……何の話かしら?」
俺との会話時とは打って変わり星良の態度は冷めていた。
その冷静な対応が双葉の逆鱗に触れたのか、更に彼女の温度が上昇したみたいだった。
「とぼけるんじゃないわよッ!!」
地面をドンッ、ドンッ、と力強く踏み鳴らしながら、星良の前までやって来た彼女は唾を飛ばしわめき立てる。
「昨日の放課後に誠也を貰うとか訳の分からないことを言っていたじゃない! その真意を教えろって言ってるのよ! それに今だって一緒に登校して何のつもりなのよ!!」
今にも口から火を噴く勢いで怒鳴る彼女とは対照的に、星良は相変わらず涼し気な顔で受け答えする。
「見てもらった通りよ。私と誠也君は交際している。それ以上も以下もないわ」
そう言うと星良は握っている俺の手に指を絡ませ、恋人つなぎで淡々と事実を告げた。
まるで見せつけるかのような星良の行動に、双葉の表情は信じられないといった変化を見せる。
「な、何でよ? 何で接点のなかったあんたが誠也と付き合うのよ? こいつのことなんて何も知らないくせに……」
「何も知らないことなんてないわ。彼の優しさ、誠実性は理解している。そうでなければ交際なんてしないわ」
「はあッ!? アンタ教室でソイツとほとんど喋ってすらなかったじゃん。それなのにどうやって優しさだの誠実だの見抜ける訳? 日常の挨拶だけでコイツの何が分かるってのよ!?」
やはりこのセリフから察するに、双葉もここに居る星良の正体が、幼い頃の幼馴染のせっくん改め星良だと気付いていないらしい。
まぁこればかりは無理ないのかもしれない。苗字も違うし、俺だって昨日まで気付けなかったわけだし……。
そんなことを考えていると、益々熱が上昇した双葉は今度は俺を標的にしてきた。
「私みたいな付き合いの長い幼馴染ならまだしもさ、教室でちょっと会話しただけでコイツの中身なんて見抜ける訳ないでしょ。だってこんな地味な男なんて付き合いがなきゃ薄っぺらいんだからさ」
その何気ない一言が俺の胸に突き刺さり、抉ってくれた。
もしも昨日の精神状態の俺ならば、双葉の放ったこの言葉の暴力に屈していたかもしれない。
だが今の俺には支えとなってくれるもう1人の幼馴染が、最愛の人となった星良がいる。だからこそ、俺は臆することなく真っ向から言い返していた。
「おい、いい加減にしろよ。朝一から人を貶して楽しいのかよ?」
「はぁ? アンタみたいな地味男が私に反論なんて許されると思ってるわけ?」
俺が口を開くと双葉は苛立ちと嘲笑、その二つを織り交ぜる器用な表情をぶつけてきた。
「今のダサ男のアンタには私に不平不満をぶつける〝資格〟は無いのよ。そもそもアンタは昨日のラインについて頭を下げるべきでしょ」
どこまでも増長した発言、昨日の嘘告でタガが外れたのか双葉の言葉は今まで以上に攻撃性を宿しており、挙句の果てには俺に頭を下げるように命令してきた。
「ほら私に早く謝りなさいよ。土下座の1つぐらい率先してやれよ!」
そう言いながらケラケラ笑って俺を下に見る双葉に、俺の中でかつての〝幼馴染だった〟双葉との記憶が音を立てて崩れていく。
そして過去が崩れ去ったのは俺だけではなかった。
「いい加減にしたらどうなの?」
それまでは冷静だった星良から低い声が漏れ出た。




