8話 二人の幼馴染の一夜
星良からのラインを開くと、俺の中の不快感はすぐに浄化された。
――『今大丈夫かな? 迷惑なら控えるけど……』
つい今しがた送信された誰かさんの自己中心的なメッセージと違い、俺に対して気遣いの含まれているその優しい文面に胸が熱くなる。
――『全然大丈夫だよ。俺も星良ともっと話したいと思っていたんだ』
我ながら照れくさい文章を送ってしまったかと、少し気恥ずかしさを感じた。
電話越しでは言いづらかったが、メッセージだから気が強く出てしまったみたいだ。
だがそんな俺のメッセージに星良も大胆な返しを打ち返してくれた。
――『私も同じ気持ち~。えへへ、両想いだね♪』
や……やべぇ……。多分今の俺、かなりだらしない顔になってるぞ。
喜びのあまり自分の口角がだらしなく緩むのを実感しつつ、そこからバカップル丸出しのやり取りを俺たちは続けていた。
そしてラインのやり取りが終わる頃、星良からこんなメッセージが送られてきた。
――『明日は私が誠也君の家まで行くからね。私を置いて先に行っちゃいやだよ』
――『ああ分かったよ。楽しみにしてるから』
星良との会話に夢中となっていて、やり取り終えたころにはかなりの時間が経過していた。
いつの間にか俺の頭の中からは、あの人の心を失ったもう1人の幼馴染の事など完全に消失していたのだった。
◇◇◇
誠也が星良とラインを送り合っている頃、双葉は自分のスマホに向けて怒声を送り続けていた。
「はぁッ!? マジで意味が分からないんだけど!?」
私の怒りはあっさりと頂点を超える事態となっていた。
どれだけメッセージを送っても一向に返ってくる気配がなく、自分がブロックされたと理解して血液が沸騰しそうだった。
「幼馴染のメッセージを拒否ってどんな神経してんのよあのバカは!?」
思わず床に向けてスマホを投げつける。
溜まりまくったフラストレーションはそんな事では晴れず、すっかり彼女の嫌がらせなど忘れた誠也とは違い、双葉の機嫌はこの日の内に収まる事はなかった。
「絶対に明日とっちめてやる!」
この時の双葉は誠也に対して理不尽な怒り一色で埋め尽くされていた。
当然だが嘘告をした自分を反省するつもりもなければ、彼に対して申し訳ないとも思っていない。
そんなどこまでも身勝手な幼馴染は翌日に知る事となる。
もう誠也の心の中には自分の入り込む余地など微塵もなくなってしまった事実を……。
◇◇◇
誠也とのラインを終えた星良は上機嫌この上なかった。
文章越しでも伝わってくる彼の温もりは、小学生時代の頃から健在だった。
届いたメッセージ1つ1つに胸が弾み、そして同時に彼が自分の〝恋人〟である事実が染み込んできた。
「ああ……夢みたいだなぁ……」
ほっぺを引っ張るとヒリヒリ痛み、これが都合の良い妄想でない事を報せてくれた。
あの幼い日、彼と別れたころ頃からずっと後悔し続けていた。
せめて自分の想いを伝えてから別れるべきだったと。だからこそ、この地に戻り高校で彼と再会した時は嬉しかったが、同時に知ってしまった。
彼はもう1人の幼馴染である双葉ちゃんに好意を抱いている事実に。
あの日から変わらず、誰にでも分け隔てなく優しく接する誠也君に内心未練を捨てきれなかった。
それでも彼とは何年も溝ができてしまった自分が今更でしゃばるべきでない、ずっと彼の隣に居続けた双葉ちゃんに、もう1人の幼馴染の想いを尊重しよう。そう思って身を引こうと覚悟したのに……。
「どうして双葉ちゃんはあんな酷いことができたの?」
私は彼女や誰に言うでもなく独り呟いていた。
彼女は想像を絶する裏切りを働いた。
偶然目撃してしまった長年の幼馴染に偽りの告白、しかもクラスの女子達と一緒に笑いものにして晒す。
あの光景を見た途端、体中の血液が沸騰する程の怒りと共に私は胸の奥底で誓った。
絶対にあんな娘なんかに誠也君を渡して溜まるもんかッ!!
後先など考えず私は現場に飛び込み、そして双葉ちゃんを含めた女子達に宣言してやった。
『それなら彼は私が貰っても問題ないよね』
涙を流して苦渋を舐める彼を抱き寄せながら、私はかつての幼馴染にそう宣戦布告してやった。
彼女はきっと理解できていない。自分が手放した存在がどれだけ大きかったのかを。
「もう遅いんだから。絶対に誠也君と私は幸せになって見返してやる」
この場には居ない幼馴染へ怒りの灯をともして口を開く。
だが自分と誠也君の交際を続けていくうえで、1つ彼に伝えておかなきゃいけない事実が控えている。
「近いうちに誠也君にちゃんと伝えないといけないよね。私がどうして地元に戻って来たのかを……」
実は星良は大きな秘め事を抱えていた。
ある意味では双葉の存在が可愛く思える程の大きな秘め事を……。
一人決心をしていたその時、星良の部屋の襖が開いた。
「失礼しますお嬢、親父がお呼びです」
「……分かったわ。すぐに行くから下がっていいわよ」
部屋の入って来た強面の男性に対し、凛とした態度で星良はそう返すのだった。




