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80話 もう、どうでもいいや……(双葉視点)


 すっかり日も沈んだ暗闇の歩道を私はとぼとぼと歩き続けていた。


 どうして……どうして……どうして………。


 雪子おばさんが言ったあの言葉が私の頭から離れてくれなかった。


 ――『もうあなたと誠也は幼馴染じゃないの。そして私にとってもあなたは愛する息子を苦しめた憎き〝敵〟でしかない』


 あれだけ優しかったおばさんに面と向かって〝敵〟と断言された。


 分かっている。これは自業自得であり、おばさんの反応だって当然のものであると……。


 ハッキリ言って誠也に嘘告白をしたあの日、最終的にこんな未来が訪れるなんて夢にも思っていなかった。

 なんだかんだあっても最後には私と誠也は結ばれ、お互いの両親から祝福を受けて輝かしい未来が待っていると信じて疑わなかった。だって私は誠也が大好きで、そして誠也も私に告白してくれた。両想いの幼馴染同士のハッピーエンドを夢見ていた。


 じゃあどうして両想いだった筈の私はこんな孤独に陥っているのだろうか?


 決まっている。私がどこまでも身勝手な価値観を誠也に押しつけたせいだ。

 クラスでは地味だと認識されていた誠也の評価を気にして、彼をスクールカースト上位の私と釣り合うまで成長させてから交際を始めようなどと、身勝手かつ醜悪な思想の元に一度彼の想いを拒絶したからだ。

 誠也が好きと言っていながら、周囲の目なんて気にしたばかりに……。


 「やり直したい。もう一度……やり直したい……」


 もう決して叶う事のない幸福を何度も神様に望む。


 おばさんに追い返され、ただでさえ鬱屈していた私の精神はもうボロボロだった。もうこの先の人生で自分に幸福など訪れるのかすら怪しい。

 このまま家を追い出され、町を出て、そして最期は孤独に果てていく自分の末路が容易に浮かんだ。


 「おい姉ちゃん、こんな夜遅くに何やっての~?」


 絶望の底に居る私とはまるで対照的な陽気な声が聴こえてきた。

 何の感情もなく振り返れば、そこにいたのは少し年上の金髪の青年だった。


 「こんな時間に1人で出歩いてなんかあったのか? 俺で良ければ話し聞こっか?」


 見るからに頭の悪そうな青年だった。

 本来であれば歯牙にもかけない人種だが、全てを失って孤立している私はその男に口をきいていた。


 「別に私が何しようとアンタには関係ないでしょ。それともなに、私が夜遊びしてたらアンタに迷惑掛かる訳?」


 この手の頭の悪そうな相手にこのような強気な態度は悪手でしかない。

 周囲には人影もなく、怒りに任せて襲われる可能性だってある。


 別に……もう……どうだっていいわ。


 最悪この場で暴行を受けようが、攫われようが構うもんか。

 だって私はもう未来に希望など欠片もない。仮にここでコイツに何をされようがもうどうでもいい。


 「それで、アンタは私をどうしたいの?」


 自暴自棄になった私は逃げもせず、むしろ自分から眼前の男ににじり寄る。


 どうせもう捨て鉢になったのだ。だったら自分を大事にする必要もない。


 「私もちょうどストレスとか溜まってるんだ。そうね……しばらく泊めてくれるなら相手してあげてもいいわよ」


 そう言いながら胸元をめくって挑発してやった。


 誠也から絶縁される前ならこんな馬鹿な行動を取らなかった。でももう私の初めてを大事にする理由なんてない。だって、誠也には素敵な恋人ができたんだから……。


 自らを安売りしながら、私の頭によぎったのは誠也との幼いころの思い出だった。

 

 それはまだ私が歪む前の記憶。

 

 『じゃあ大きくなったら私が誠也のお嫁さんになってあげる!』


 まだ純粋な心を保っていた頃の私は口に出したこの未来を信じて疑わなかった。

 この未来は私が歪まなければ確実に訪れていたのだ。だって誠也の方から告白してくれたんだから……。


 その未来が潰えてしまった以上、無情な現実を生きる私の先の未来など破滅したっていいんだ……。


 「随分と積極的な娘だな。いや、それとも自棄にでもなってんのか?」


 うるさい。しょうもないナンパ男の分際で同情的なセリフを言うな。


 口に出さずとも目で訴える。すると男はヘラヘラと笑いながらこう言ってきた。


 「その分だと家にも帰れない事情があるのか。よし、じゃあ俺の家に来るか? 飯だって出すし小遣いだってやるよ。ただし色々としてもらうけどな」


 醜悪そうに歪む笑顔と共に破滅への片道切符を差し出される。

 

 一瞬、本当に一瞬だけ躊躇してしまう。

 ここでコイツに付いていけばもう私は破滅に片足を突っ込むだろう。


 はっ、だから何よ。もう親すら見放した私なんて……。


 「いいわ、ただしお小遣いは大目に頂戴ね。そうすれば色々とサービスしてあげるから」


 この瞬間、私は自らの尊厳を完全に放棄した。


 街灯の明かりに照らされながら、私は名前すら知らない男の後へと付いていくのだった。




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