79話 理解不能なお願い
星良の帰りを待っているさなか、俺と百地の前に現れた小日向瑛美。
彼女はまるで付き合いの長い友人のように俺と百地に話しかけてきた。
「それにしても君もスミに置けないねぇ~。星良ちゃんに続いてこんな可愛い娘をゲットするなんてさ~」
「え……ちが……」
「違います。俺と百地はあくまで友人です」
先輩の放った誤解を招く言葉に百地が否定しようとする。
だが彼女が遠慮気味に言い切るよりも先に俺の口は動いていた。
「そうやって意味もなく相手をかき乱す発言は控えた方が良いと思いますよ」
「ちょ、どうしたのさ誠也君。そんな冷たい言い方しなくても……」
俺のどこか突き放す態度に百地は異議を唱えてきた。
正直に言えば、俺自身も先輩へ向けるこの態度が失礼だと自覚していた。
実際に隣に居る百地だって何度も俺と星良の関係をからかってきたが、それに対して俺は突き放すような対応など取ったことはない。
ハッキリ言って、俺はこの小日向先輩という人間に苦手意識を持っている。
どうして俺はこの人の事をこんなにも警戒してるんだろうな……。
自分でも分からない謎の感情に悩んでいる俺と違い、小日向先輩は相変わらずどこか覇気の抜けた笑みを浮かべ続けていた。
そんな様相がまた俺の中の警戒心を煽って来る。
「実はね、君のことはさっきからず~っと観察してたんだよ~。ゲームセンターで星良ちゃんやその娘と遊んでいる所をずっとね~」
「え…ストーカー?」
「違うよ~。私も偶然このゲーセンで遊んでいたら見つけただけ」
小日向先輩のカミングアウトに百地が冗談交じりにストーカー扱いする。それに対して彼女はヘラヘラ笑いながら偶然だと言い張るが、今のセリフで俺の中の警戒心はさらに上昇する。
偶然このゲームセンターで俺を見つけた、それは不思議な事ではない。現に俺だって御手洗先輩をこの場所で偶然目撃したのだから。だが俺が気になったのは、なぜ彼女は俺を観察し続けたのか? そしてなぜこのタイミングで声掛けをしてきたのか?
頭の中でいくつもの疑念が渦巻くが、何とか整理して俺はいい加減に目的を尋ねる。
「それで、小日向先輩は何の為に俺たちに話しかけてきたんですか?」
「うん、それはね、君にお願いしたことがあったから話しかけたんだよ」
「お願い…ですか……」
ほとんど交流もない俺に何をお願いする気なのだろうか?
どんな無茶ぶりを言ってくるのか内心身構えるが、彼女の口から放たれた〝お願い〟は予想を遥か上回るものだった。
「君さぁ、もしよかったら私と付き合ってみてくれない?」
………………………は?
それは予想外を飛び越して想定外の頼み事だった。
俺だけでなく、一緒に話を聞いていた百地も目が点になっている。
思考が停止状態の俺に向け、小日向先輩は更に続ける。
「あれ、聴こえなかったのかな? じゃあもう一度言うね~。あのさ、私とお付き合いしてみない?」
聞き間違えだったらどれだけ良かっただろうか。
しかしご丁寧にこの人はあり得ぬ要求を繰り返し、俺の聞き間違えでない事を証明してしまう。
「意味が……分かりません……」
なんとか回復してきた頭を回転させながら、当たり前の疑念をぶつける。
「どうして俺が先輩と交際するんですか? あまりにもぶっ飛びすぎて思考が追い付きません」
「あっ、心配しなくても星良ちゃんと別れる必要ないよ。あくまでお試しって事で……えっと、誠二君だっけ?」
「ふざけないでくださいッ!?」
困惑していた頭は怒りで逆に冴えわたり、我慢の限界が訪れた俺は大声で叫んでしまっていた。
「さっきからあなたは何を意味不明な事を言ってるんですか!? 俺が星良と交際していると知って何でそんな頼みを笑いながらできるんですか!?」
「落ち着いてよ誠二君~」
「せ・い・や・です!!」
恋人に誘う相手の名前すら間違えている小日向先輩に不快感が全身を包む。
それは俺だけでなく、一緒に話を聞いていた百地も同様だったらしい。
「流石に常識無さすぎだと思いますよ。それに誠也君は星良にぞっこんですから」
いつもは人懐っこい表情の百地も今は険しい顔を浮かべていた。
不愉快だと目で訴える俺たちに対して、当の本人はズレた返答をしてきた。
「あっ、そっか。理由も言わずに付き合おうなんて非常識だよね。ごめんごめん」
何を言ってやがるんだこの人は? 頼み事の内容自体が非常識極まりないだろ。
不快感や怒りで胸がドロドロとして吐き気すら感じた。
そんな俺の心情などお構いなしに、彼女は更に常人には理解できない言葉を吐き出してきた。
「私と同じ3大アイドルの星良ちゃんを口説いた君に興味が湧いたんだよ。私と同じ〝特別な人間〟の心を掴んだ君と居ればさ、私ももっと〝まっとうな人間〟になれそうな気がするんだ~」
「まっとうな…人間…?」
「うんそう。一切合切、何もかもに興味も関心も湧かない私に、君なら〝ナニカ〟を魅せてくれそうな、そんな期待がするんだ~」
そう言いながら彼女は今までとは明らかに質の違う笑みを浮かべた。
その瞳は一切の光が宿っておらず、俺にはまるでドロドロとヘドロの様に濁りきっているように見えた。




