81話 私はあなたを許せない(星良視点)
「ちょっといいですか?」
意識などしていなかったが、自分でも驚くほどに底冷えた声で話しかけていた。
私に声を掛けられた御手洗先輩の彼女さんは慌ててスマホを切っていた。大方、この場に居ない御手洗先輩が戻って来たのかと焦ったのだろう。あれだけ本人が居ない事をいいことに言いたい放題いっていたのだから無理もない。
「え、あなた……?」
焦燥感を醸し出していた彼女だが、私の顔を見ると呆然とした様子だった。
だがそれも刹那の事で、次の瞬間には私へ敵意に満ちた眼光を向けてきた。
この表情、明らかに私を〝敵〟として見ている……?
記憶を遡っても私には接点などないが、相手から放たれる気配は不快感を隠しきれていない。
だが不快の度合いならば間違いなく今の私の方が遥か頭上だ。
この人はあろうことか自分を愛してくれる相手を貶し、そして私の友人の想いまで踏みにじったのだから……!!
「あなた……1年生の北條星良さんよね? いったい私に何の様なのかしら?」
「私のこと……知っているんですね」
「ええまぁね。学園の3大アイドルさんだもん。知りたくなくともあなたの噂は耳に入ってくるわ」
その言葉には明らかに棘が含まれていた。
まるでお前のことなんて知りたくもないのに……そう告げられているようで気分を害される。
しかし彼女が私に掛ける敵意など今はどうでもいい。
私が今もっともすべきことは彼女の所業についての言及なのだから。
「随分と楽しそうに自分の彼氏さんの悪口を言っていましたね」
前置きなど無しに私が単刀直入にそう告げると、彼女は目に見えて狼狽する。
「な、何を言っているの?」
初対面同様の私にこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。今の今まで敵意に満ちていた彼女の顔色が一気に変化をもたらす。
あたふたしている彼女に対し、私はなおも言葉を続ける。
「盗み聞きしているようで申し訳ありませんが全て聞いていました。あなたがスマホ越しの友人と思われる人と自分の彼氏を卑下する内容がね」
「………チッ!」
私は全て知っている、そう告げると彼女の態度は急変した。
今まではうっすらと滲ませていた敵意を露骨に表情に曝け出し、もう隠す気もないと言わんばかりに言い返してきた。
「学園のアイドル様が盗み聞き、随分と良いご趣味をお持ちの様で。それで、結局あなたは私をどうしたいの?」
完全に開き直った彼女は更に続ける。
「私が自分の恋人をどんな目で見ようと私の勝手よ。あなたには何の関係もないわ」
この言葉を叩きつけられた私は怒りで視界が真っ赤に染まりかける。
私には何の関係もない? ええ、そう。確かにこの人と御手洗先輩の関係に私は直接関係ないのかもしれない。
でも……無関係とも言わせない。だって私は幼馴染である御手洗先輩への恋心を殺し、あなたと先輩との幸せを願った友人の姿を見ているのだから。
「知っていますか? あなたが蔑視していた御手洗先輩には幼馴染が居たんですよ」
「はぁ? いきなり何の話を……」
「その幼馴染の娘はね、先輩に長年の想いを告げようと奮起しました」
「だから何の話を……」
「でも彼女はその想いを告げることなく諦めました。それがどうしてなのか分かりますか?」
「いい加減にしないさいよ! さっきから何が言いたいのか訳が分からないのよ!?」
一方的に語り続ける私に我慢の限界が訪れた彼女は遮るように怒声を上げる。
だが私はそれ以上の大声を発して怒気を叩きつけてやった。
「本当に分からないのですか!? 私の友人はあなたと御手洗先輩の関係を知って身を引いたんですよ! 自分の大好きな幼馴染にはもう立派な彼女さんが居るからと、そう理解してあなたと御手洗先輩の関係を傷つけぬようにそっと身を引いたんです! 自分の本当の想いを殺し、告白の機会すらも棒に振ってです! 友達である私の前でも必死に気丈に振舞おうとして、それでも堪えきれず涙を流して、そして最後はあなたと御手洗先輩の幸せな未来を願ったんですよ! それだけの苦しみを超えた百地さんを知っているからこそ、私はその願いを踏みにじったあなたを許せないと言っているんです!!」
息継ぎすら忘れて私は胸の中の想いを全て吐き出していた。
話を聞いている彼女からすれば話の半分も理解できているか怪しい。それでも吐き出さずにはいられなかったのだ。
矢継ぎ早に私の憤りをぶつけられた彼女はしばし呆気に取られていた。
だがやがて私の言いたいことを咀嚼し終え、自分に何を伝えたいのか理解した彼女は嘲笑った。
「ようするに何? あなたのお友達も御手洗君が好きだったけど、私という恋人が居たから諦めて泣いたってこと? はっ、くだらな! そんなの私には何の関係もない話だわ」
心底下らないと吐き捨てる彼女に私の憤怒の炎は更に燃え盛る。
だが彼女に対して疑念の声をぶつけたのは私ではなかった。
「今の話は……どういうことだよ?」
私たち二人の合間にその声を挟み込んだ人物――御手洗蓮司が両手に缶ジュースを持って呆然と立っていた。




