76話 卑しい渇望(双葉視点)
「ゆ…雪子おばさん……」
「……久しぶりね双葉ちゃん」
思わぬ再会、などとは言えないかもしれない。
何しろここは誠也の自宅前なのだ。雪子おばさんと遭遇する事は、決してあり得ない現象などではない。
「えっと……おひさし……ぶりです……」
本来ならばこの場に居る事すら許されざる行為だ。その上におばさんと対面してしまい、頭の中は真っ白となっていた。
何を口にすればいいのかも分からず、気付けば能天気に挨拶を交わしていた。
「一体何の様かしら?」
挨拶を返されず冷たい声色で要件を尋ねられた。
今までのおばさんだったら、私が挨拶をすれば笑顔で挨拶を返してくれたのに……。
「これから夕食の準備に取り掛かりたいの」
よく見ればおばさんはスーパーの袋を握っていた。
つまり買い物帰りにばったり遭遇してしまったのだろう。
「用事があるならすぐに終わらせてくれる? そして……もう二度と私たちの家に近づかないでちょうだい」
「……ぁ」
おばさんの口から放たれた拒絶の言葉に、まるで頭部を思いっきり殴りつけられたかのような錯覚すら覚えた。
無意識のうちに誠也の家の前までやって来ていた。だから私には雪子おばさんと顔を合わせるつもりもなかった。
でも、それでも……もしかしたら雪子おばさんなら、私を許してくれるんじゃないかと思ってしまっていた。
「あの……私……」
「何?」
「その……ごめんなさい……」
おばさんに拒絶を示されたショックが大きく呂律が上手く回らない。
それでも私はおばさんに対して頭を下げ、許しを請おうと恥の上塗りをしてしまっていた。
そんな私の行動におばさんは溜息すら吐いていた。
「厳しい事を言わせてもらうけど、双葉ちゃんはもう私や誠也の前に顔をだしちゃいけないの。あなたのお母さんを通して伝えたはずなんだけどね。もう私たちに関わらないでって……」
おばさんの言葉1つ1つが私の心を更に削っていく。
これまで実の娘の様に優しくしてくれた雪子おばさんはもういないのだ。
「要件がないならもう帰りなさい。そして……もうこの家には近づかないでね。できる事なら誠也とあなたを引き合わせたくないから……」
黙り込んでしまった私の横を通り抜け、おばさんは家の中に入っていこうとする。
あれだけ笑顔を向けてくれたおばさんが、今は敵意しか向けてくれない。
どうしたら……いいの? もう私には味方が1人もいないの? こんな何もかも失ってボロボロの私は独りぼっちでどうしたらいいの?
「私は……どうしたら……いいんですか?」
それは決して雪子おばさんに対して向けた言葉ではなく、進むべき未来が見えない自分自身への問い掛けだった。
だがおばさんは振り返り、そしてこう告げた。
「それは私に訊くべき事じゃないわ。自分の罪と向き合い、あなた自身で答えを見つけなさい」
「なにそれ?」
雪子おばさんが言った言葉は間違いなく正しい。
でも……絶望の底で溺れる私はその諭すような物言いに思わず逆上してしまっていた。
「救ってくれるわけでもない癖に、平然と見放す癖に、偉そうに上から説教しないでよ!!」
気が付けば私はおばさんへと怒号をぶつけていた。
「ええそうよ! 間違いなく私が悪い、そんな事は百も承知よ! でもね、ここまで何もかも奪う事なんてないじゃない!! 誠也もおばさんもお父さんもお母さんも、みんなみんな少しぐらい許しを与えてくれてもいいじゃない!?」
今の自身の末路は自業自得の極みでしかない。
この境遇は自分の蒔いた種だと理解はしている。だけど一度溢れた感情は滝のように流れ出て制御が効かず、不満の言葉には鋭利な攻撃性すら宿る。
「雪子おばさんだって薄情じゃない!? あれだけ娘のように可愛がっていた女の子をこんな冷酷に突き放して!! 少しぐらい昔のように優しくしてよ!? もう私には味方はいないんだよ!? それなのにどうしてそんな冷酷になれるの!? これまで過ごした時間をなんであっさり切り離せるのよぉ!?」
こんな風に非難の声などぶつける資格などありはしない。
それでも私の精神はもう限界だった。全てから見放され、味方が誰も居ない孤独にもう耐え切れなかった。
だから私は優しい雪子おばさんに訴え、そして都合の良い展開を渇望してしまう。
どうか私の犯した過ちを許して欲しいと。そしてもう一度だけ、おばさんや誠也と一緒に過ごす権利、その可能性に卑しくも手を伸ばしてしまっていた。
そんな醜く身勝手極まりない私に向け、雪子おばさんは一切の甘さを見せることなく言い放った。
「いい加減にしなさい。もうあなたと誠也は幼馴染じゃないの。そして私にとってもあなたは愛する息子を苦しめた憎き〝敵〟でしかない。自分の所業を振り返り、現実を受け止めなさい」




