45話 彼氏に嘘はつけない
スマホには愛しの人の名前が表示され、早く出て欲しいと鳴り続ける。
「誠也…君……」
普段であれば迷うことなど何もなく、すぐに電話に出ている。
でもなぜだろうか、この時の私はこの電話を取る事に僅かな躊躇いが芽生えていた。
どうしてこのタイミングで誠也君が……。
別に彼の方から連絡を入れてくる事なんて何もおかしくはない。
恋人同士が就寝前に連絡を取り合い、明日の予定を楽しい気持ちで分かち合う。実際に昨日だって彼とは就寝前のお喋りを楽しんでいる。
それにだ、誠也君には弁護士先生に相談するから任せてほしいと言ってある。
実際は南条や舎弟達と共に、少し強引な話し合いで解決したが、誠也君はその事実を知らない。
彼の認識では、今日の一件は私を通し弁護士先生に相談されている事になっている。ちゃんと円滑に話が進んでいるのか気になり、確認連絡を入れてくる事はむしろ自然だ。
ただ、今しがた私は仲の良かった幼馴染を見限ったばかりだ。
その直後に入れ替わるかのように、恋人であり、そしてもう1人の幼馴染でもある誠也君から電話が来た。
幼馴染を切り捨てた私が、もう1人の幼馴染と普段通り話せるかな?
そんな事を考えている間もスマホは鳴り続ける。
こんな馬鹿な考えを繰り返している間も、彼は私を呼び出し続ける。
いつまでも居留守を使うのも申し訳なく、私は一呼吸つくと電話に出る。
「はい、もしもし」
『あっ、星良。こんな遅くにごめんね』
「ううん。全然気にしなくてもいいよ。むしろ寝る前に誠也君の声が聞けて嬉しいな」
あくまで脆弱な一面を包み隠し、普段通りに接する。
『ごめん、どうしても星良と話したくてさ……』
「うん、分かってるよ。誠也君が気にしてるのは、弁護士さんと相談が上手く進んでいるかについて、だよね? 心配しなくてもそっちの方はお父さんを通して順調に話が進んでい……」
『確かにその事についてなんだけどさ……進捗状況を聞くために電話したんじゃないんだよ。弁護士に相談って話、あれって嘘だよな?』
次の瞬間、私の世界が……時間が……凍り付いた。
「きゅ、急にどうしたの誠也君?」
動揺を押し隠そうとする意志とは無関係に、返事が喉に一瞬詰まる。
他の人間ならば見逃すほどの小さな変化だが、誠也君はそんな微細な私の動揺を見逃さなかった。
『やっぱり電話して正解だったかな。今の星良、スマホ越しでも狼狽えているのが良く分かるよ』
「あはは……誠也君には隠し事はできないかな。どうして私が君に嘘をついたって見抜けたの?」
もう誤魔化しは通用しない。それにこれ以上、誠也君に虚言の上乗せをする事を私の本心が拒んだ。
少しでも空気を変えたくて、私はあえて茶化すような物言いをする。ただ電話越しでも今の誠也君が、釣られて笑ってないことを感知することはできた。
私の粗雑な演技などお見通しと言わんばかりに、彼は語り続ける。
『正直さ、違和感と言ってしまえばそれまでなんだ。ただ今日の昼、屋上で俺を助けてくれた時の星良の瞳が忘れられなかった。君が先輩達に向けていた目には、ほんの僅かに危険な色が滲んでいた気がしたんだ』
一切の否定はできない。理不尽に愛する人を傷つけられたあの瞬間、想像の中で私は彼等を八つ裂きにしていたぐらいなのだから。
黙り続ける私に対し、誠也君は穏やかな口調で続けた。
『もしかしたら俺が過剰に考えすぎているだけかもしれない。でもやっぱり気になってさ、こんな時間で今更だけど電話かけてみたんだ。なんだか探りを入れるようで申し訳ないけど……』
「誠也君が謝る必要なんてないよ。悪いのは……誠也君に嘘の解決策を教えて、秘密裏に動いた私なんだから……」
正直、僅かに喜びを私は感じていた。
電話越しでも私の反応が分かる、それは彼が私のことをよく見てくれている裏返しでもあったから。
そして同時に、嘘をついた自分に負い目も感じさせられた。
『星良、正直に話して欲しいんだ。先輩達に何をするつもりだ? いや……もしかして、もう何かした〝後〟なのか?』
誠実に向かい合おうとしてくれる誠也君を裏切れるわけがなかった。
気が付けば私は洗いざらい、つい先ほどまでの自らの行いを告白していた。
極道としての力を行使し、半ば強引に証拠を集めた事実を口にする。
この時、私は今更ながらに後悔の念が生まれつつあった。誠也君の為にと言いつつ、口にすればするほど、彼がこんなやり方を望んでいる訳がないと自分でも再認識させられるからだ。
全てを語り終わった頃には、体は小刻みに震えていた。
いったい彼はこの行いについて何を口にするのか、最悪、糾弾される事も覚悟していた。
だが彼はそんな私の中の憂いを吹き飛ばすかのようにこう言ったのだ。
『ありがとう、俺の為に色々と動いてくれたんだな』
「え……」
まさかお礼を言われるとは思ってもみなかった。
完全に予想外の返しが来てしまい、次の言葉が浮かんでこない。
呆けてしまっている私だが、次の言葉で意識を再覚醒させられる。
『でも……正直に言うとさ、俺さ……少し星良に怒っているんだ』
優しい声色でお礼を述べられた私だが、次に彼がにぶつけられた言葉には静かな怒りが滲んでいた。




