40話 覚悟は決まった(星良視点)
「ぐ……がああああああああああああッ!!??」
関節の外れる不況音が鳴り響いた直後、中島先輩の口から放たれる汚い叫び声が廃倉庫を揺らす。
もしもここが住宅街ならばすぐに人が集まり、警察に通報する者もいるかもしれないが、この人気のない廃倉庫内では彼の悲鳴に対応してくれる周辺住民はいない。
彼の苦悶の籠った悲鳴を聞き届けるのは私たち、断罪者だけなのだから。
「い…今の音って……もしかして折ったのか?」
喉を震わせながら、絶叫を鳴りやませない友人の姿に、他の連中は震える。
激痛にもがき苦しむその姿は、もしかしたら数分後の自分かもしれない。その恐怖は伝播し、すっかり彼らの顔は絶望に染め上げられていた。
その恐怖に彩られた顔を見て、私はこの見せしめで彼らの心を掌握した事を確信する。
もう完全にこの連中の心は折った。下手に誤魔化そうだなんて思わないはずだわ。
あらかじめ南条には私の指示した相手を1人、適度に痛みをもって教育するように指示を出していた。むろん、目立つ外傷はNGだとも伝えてある。
「か、肩がぁ!? いぎぃぃぃいいぃぃ!?」
「うるさいですよ」
泣き叫ぶ目の前の愚か者に対し、私は温度のない声で応対した。
「心配しなくても折れてはいません。少し肩を外しただけですので」
どこまでも淡々と告げる私の反応に、周りの男たちの顔は信じがたいと言わんばかりだ。
大方、こんな非人道的な行為を働きながらも、涼しい顔している私の神経でも疑っているのかもしれない。ちなみに中島先輩は激痛で余裕がないのか、非難の目も向けず泣きじゃくっている。
しばらく彼とは会話ができそうにないので、次に私が質問した相手は伊豆先輩だった。
「伊豆先輩、さきほど中島先輩にした質問と全く同じことを訊きます。日中に誠也君へ行ったリンチ行為、これを裏で指示したのは三日月双葉さんですよね?」
「そ……そうです。彼女にやれと言われたからです」
恐怖から声はこもっていたが、彼は完全に認めた。
そこから私はまだ叫んでる中島先輩を放置し、他の面々にも同じ内容の問いを投げる。そして返って来るのは肯定の返事ばかり。
やっぱり双葉ちゃんだったんだね。どうしてなの……。
正直、彼女が黒幕であることは九分九厘予測していた。
それでもだ、この予想が外れてくれる事をきっと私は望んでいたのかもしれない。でもこれで、もう気付かないフリをする事もできなくなってしまった。
この時、私の脳裏には転校前の彼女との記憶が走馬灯のように駆け巡った。
私が泣いているときに慰めてくれた記憶。
勉強でお互いに分からない箇所を教え合った記憶。
アイスを分け合って食べた記憶、お泊り会をした記憶、海に遊びに行った記憶、花火大会を見た記憶、遅くまでかくれんぼして一緒に怒られた記憶……記憶……記憶……記憶………。
そっかぁ……もう……私たちは完全にやり直せないんだね。
何をいまさら、分かっていたはずじゃない。
誠也君の心を踏みにじった時から、もう私と彼女は袂を分かったはずなのに。やり直せないと理解していたはずなのに……なんて女々しい……。
「……お嬢?」
「え?」
南条が少し驚いた顔をしながら私を見つめていた。
いったいどうしたのだろうと思ったが、すぐに自分の頬が濡れている事を理解した。
あ……私……泣いてる……。
この涙の正体はなんなのか、それはよく分からなかった。
ただ1つだけ確固たる決意と共に言える事がある。
この瞬間を境に、三日月双葉は私にとって明確な〝敵〟となってしまった。
さようなら……双葉ちゃん。そして……覚悟してもらうわ〝三日月さん〟。
私の中で、遠い彼女との思い出は砕けて散る音が反響した気がした。
その直後、胸の痛みはスンと消えてくれた。流れ出る涙も蛇口を戻すかのようにピタリと止まった。
「お嬢大丈夫ですか?」
「無用な心配よ南条。もう……私の決意は固まったわ」
不安げに私を見つめる南条や舎弟達を手で制止、涙を拭いながら私は中島先輩と向かい合う。
「いでぇ……いでぇよぉ……」
「いつまで呻いている気ですか? まだまだあなたには話してもらう事がいっぱいあるというのに」
「ひっ!?」
肩の外れた鈍痛を訴えていた彼だが、私の顔を見て小さく悲鳴を漏らす。
よく見れば彼だけでなく、他の縛られている連中も、そして舎弟達の顔にも動揺が浮かんでいた。南条以外の者たちが、私に怯え、もしくは驚きを含んだ視線を向ける。
彼らの視線で私自身も理解した。今の自分が血の凍るほどの冷酷な顔をしているのだと……。
だが周りが私をどう見ようが関係などない。私は愛すべき人を護れるならば、どこまでも冷徹な悪女だろうが鬼だろうが、演じ切る覚悟はもう決まったのだから……。
「さあ、先輩、キリキリと答えてもらいますよ。今の私に偽りを言えば……どうなるかしりませんよ?」
この廃倉庫内で私は初めて笑顔を浮かべる。
縛られている彼等の瞳にはきっと、悪魔の様に映ったのかもしれないが。




