27話 大した坊やだ(南条視点)
「お願いします南条さん! どうか、どうか指詰めだけは勘弁してください!!」
目の前の〝元舎弟〟は無様に涙と鼻水を撒き散らしながら懇願している。
たくっ……マジでコイツを世話した時間を返してもらいたいぜ。
目の前の男の号泣姿を見ても俺の心は揺さぶられはしない。
いや、それどころかこんな馬鹿をこれまで世話して来た事に情けなさすら感じる。これまでコイツには飯を食わせ、裏の世界でも色々と面倒みてやった。
だがコイツはあっさりとタブーを犯してしまった。
「お嬢に迷惑かけてただで済ます訳にゃいかねぇんだよ」
チラリと目線をお嬢の方に向けると、彼女は俺がやろうとしているケジメを止める気配はない。
普段ならば自身の目の届く範囲でケジメを付ける際、お嬢は極力穏便な方向に片づけようとしてくれる。少なくとも自分に多少の迷惑が掛かる程度ならば許してくれるお人だ。
だがこの時ばかりのこの人には、一切の容赦が瞳には見られなかった。
あの温和なお嬢の逆鱗に触れた理由、それは間違いなく彼女の隣に居る彼氏だろう。
お嬢は長年堅気の世界で生きていたはずだが、自分の愛する人の為なら鬼になる。流石は組長の実の娘と言ったところか。
そもそもだ、お嬢の彼氏についての情報は昨日、親父が直々に組全体に報告して共有している。
なんでも小学生時代に別れた幼馴染らしく、ずっと片思いをしていたとのこと。報告の際には彼の顔写真もお嬢を通して皆が見せてもらっていた。つまりこいつは昨日の組長やお嬢の話をちゃんと聞いていなかった事にもなるのだ。
ここまで舐め腐っているヤツは遅かれ早かれ制裁されていたのだろう。
「お嬢……いいですね?」
俺が確認の意を込めてそう訊くがお嬢は無言を貫く。
その態度はあくまで俺に一任すると言う表れであり、俺は足元で泣きじゃくる元舎弟を組まで連行しようとする。
「よし、それじゃあケジメ取りに行くぞ。組長にも頭を下げねぇとな」
周囲に人の気配は感じられないとはいえ、あまり悠長にしていると誰か来かねない。
俺は暴れる舎弟を抑え込み、さっさと組事務所まで連れて行こうとするが、それをお嬢の彼氏である大道誠也に止められた。
「……どうして止めるんですか大道さん?」
まさかお嬢でなく彼に止められるとは思っていなかった。
とはいえ極道相手にはやはり恐怖を感じるのか、俺の肩を握る彼の手は震えていた。
だが彼は恐怖心を持ちつつも、真っ直ぐに俺の顔を見て口を開いた。
「あの……その人の指を詰めるのは勘弁してあげてくれませんか?」
「誠也君?」
「どうしてです? この大馬鹿はあなたをストーカー扱いしたんですよ? 事前にあなたの話は組全体に知らされていたというのに……。例えあなたが許しても、何の非もないお嬢の恋人を侮辱してただで許すとなれば、ウチの組内の面子にも関わるんです」
あえて俺は極道の若頭としての顔でそう言葉をぶつけた。
俺の圧力が増したことで彼は俺の肩を放しそうになったが、それでも彼はなおもこう続けた。
「確かに俺は極道の世界に詳しくありません。だからあなたが面子の為に部下の指を飛ばす事が禊だと言われても否定はできません。でも……嫌なんです。俺の為に星良に業を背負わせたくないんです」
彼はそう言いながら、成り行きを見守っていたお嬢をじっと見つめる。
「星良がここまで怒った理由、自惚れかもしれませんが、きっと俺が傷つけられそうになったからだと思うんです。違うか星良?」
「それは……」
「俺の為に心の底から怒ってくれたことは嬉しいよ。でもさ、俺を理由に星良の指示で誰かに血を流させて欲しくないんだ」
そう言いながら彼は俺の肩を放すと、バツの悪そうに俯くお嬢の両肩にそっと手を置いた。
「正直さ、唐突な事が多すぎてまだ混乱してる。でもさ、俺の為に星良にはやっぱり汚れてほしくないよ」
彼の言葉にお嬢は頬を染め乙女の顔を見せる。
だがすぐに凛とした顔つきになると、お嬢は俺に目を向けて指示を出してきた。
「離してあげなさい南条」
「いいんですかい?」
「被害を受けた誠也君がこう言った以上、私やあなたに彼に制裁を加える訳にはいかないわ。それに……誠也君が私を想ってここまで言ってくれたのだから、それを無下にはしたくないの」
そう言いながらお嬢は彼氏である大道君に寄り添う。
組長の娘にそう言われた以上、俺の方が手を引くしかない。
「分かりました。おい、指は勘弁してやる。だがこの場でテメェは破門だ。二度とこの街でその顔見せんじゃねぇぞ」
「ひぃいいぃぃぃぃぃッ!?」
かつての舎弟は悲鳴を上げながら一気に走り去る。
「お嬢、今日はもう……」
「ええ、分かってるわ。ここまで送ってくれてありがとう誠也君。また明日学校でね」
気まずさを誤魔化したいのかすっかりお嬢の態度は普段通りに戻っている。
だがやはりこのような現場を見られ、更には極道の娘だと知られショックもあるのだろう。どこか表情には陰りが見えた。
そのまま別れようとする俺たちだが、最後に彼はお嬢へと叫んだ。
「俺さ、星良がどんな家柄出身だろうと気にしてないからな! だから明日もまた一緒に学校行こうな!! 俺と星良は……恋人なんだから!!」
「っ、うん! また明日!!」
おお……ほんっとに度胸のある坊やだな。
普通はヤクザの娘と付き合ってたとなれば、身の危険から関係の解消を考える男も居る。
正直に言えば俺もまた、お嬢の正体を知れば別れを切り出すかもしれないと思っていた。
だが一切の曇りなくお嬢を見る彼の瞳を見て、その考えは杞憂だと思い知らされる。
「お嬢、いい人が恋人になってくれたんですね」
俺がそう言うとお嬢は満面の笑みで返してきた。
「当たり前よ。私が未練がましくずっと想い続けたほどの優しい人なんだから」
完全に彼に恋い慕うお嬢のその顔は、年相応の愛らしい少女のもの。
長年の片思いが実り幸せを噛みしめるお嬢へと、俺は心の中で祝福を送るのだった。




